ジョッキを勢いよくテーブルに置いて、先輩は私を睨み据えた。赤い顔をして、口元に泡をつけたまま。
「圧迫面接されたことある?」
「無いです」
「入社試験何回受けた?」
「二回です」
「お祈りメールは来た?」
「いえ、どっちも採用だったから一つはこっちから断りました」
「面接の時趣味をバカにされたことは?」
「無いですよぉ。趣味の話なんか話題にもしない」
「·····あっそ」
先輩は再びジョッキを煽る。白い喉を晒してビールを流し込むと今度は天井を見上げたまた「いいなあ!!」と叫んだ。
「先輩、そろそろ帰りましょう」
私はゆっくり立ち上がり、先輩の腕を取る。今日はかなり飲みすぎたようだ。
ヒールを履いた足元が時折カクンと崩折れる。
駅まで向かう道すがら、先輩 はずっと喋り続けていた。
「アンタ達にはアンタ達の悩みがあるのは知ってるけどさぁ。理不尽だったなぁ、昔は」
石畳を歩く先輩の足音は不規則で、体全体がゆらゆらと揺れている。
赤信号にさしかかると、私は揺れる先輩を支えながら見るとはなしに空を見上げた。
星も無い、月も無い。
雲が低く垂れ篭める、暗くて重い空がそこにはあった。
先輩が今の私と同じ歳だった時代は〝就職氷河期〟と呼ばれていた。
何百社も面接をしても採用されず、面接では今ならハラスメント案件と言われてもおかしくない質問をされたり、趣味をバカにされる事もあったそうだ。売り手市場の今とはまるで正反対で、もし私がその時代に生きていたら多分耐えられなかっただろう。
先輩は仕事は丁寧だし優しいし、私のような後輩にも気さくに話しかけてくれて、どうしてこんなちゃんとした人が入社試験に合格出来なかったのか、不思議でならない。
そんな先輩は私とお酒を飲んで酔っ払うと、ちょっとネガティブになる。仕事や世間に対する愚痴が増えて、最後は「いいなぁ」と呟いて眠ってしまうのだ。
先輩が今の私と同じ歳だった時代。
先輩は面接の帰りに空を見上げたのだろうか。
何百社も試験を受けて、疲れ果て、見上げた空――。
きっと今と同じ物憂げな空が広がっていたのだろう。
もしもタイムマシンがあったなら。
その頃の先輩に会いに行って、一緒に昏く沈んだ空を見上げてみたい。
改札に向かう階段でまたぐずぐずと崩折れてしまった先輩を支えながら、私はそんな事を思った。
END
「物憂げな空」
2/25/2026, 4:24:10 PM