紙ふうせん

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「桜散る」

桜が散るときは、何故美しくて胸が締め付けられるような気分になるのだろうか。
満開の桜より、音もなく雪のように目の前が花びらで何も見えなくなる、あの瞬間の気持ちは、この世に私と桜の花びらだけになったようなしんとした美しさがある。

私の名前が桜子だからだろうか、以前恋人の裕也にそう言ったら意外にも真面目な顔で「そうかもしれないね、僕は毎年この季節は桜子が、桜の花びらと共に消えてしまうのではないかと不安になる時があるよ」と言ったので驚いてしまった。
きっと、一笑に付されてしまうだろうと思っていたからだ。

見渡す限り続く桜並木の桜が一斉に散るのだ。それは壮観だろう、立ち止まってみてゆく人も何人か見る。

思わずうっとりと目を閉じる。

「ねえ」どうやら私は眠ってしまっていたらしい。不意に声をかけられ目が覚めた。

「何か夢を見ていたの?あなた微笑んでいたわよ」

そう言われはっと気づく、そうだ、私は桜の樹だった。

この季節になると、毎年同じ夢を見る。
もしかしたらうんと昔、人だった事があったのだろうか。
桜の樹も夢を見るのだ。
特に散り際は眠くてたまらない。

声を掛けてきた隣の樹も眠そうにしている。
「見てみなさいよ」と、また話しかけてきた。
「あそこの老木なんてずうっと寝たままなのよ」

無理もない。これだけの花を咲かせるのにはとても体力を使うのだから。

陽射しが心地良いのでまた眠くなってきた。

私はおしゃべりな隣の樹に「私も眠いの、少し寝るから邪魔をしないでね」というと
隣の樹も「そうね、私も眠いから少し寝るわ」と言って静かになった。

私はうとうとしながら、さっきの夢の事を考えていた。私は桜子と名乗っていた。
恋人は裕也といった。
本当にただの夢だろうか。
そういう時が昔々、ずうっと昔に本当にあったのではないだろうか。

それにしても、と思い返す。人が桜の樹になるなんて事、あるのかしら。
でも絶対にないなんて神様だって言い切れないわ、と思い直す。

ああ、眠い、もう起きてられない。
ふと見ると、さっきまでお喋りしてた樹もよく寝ている。
私も寝よう、そう思い心地良い眠気に身を任す。

ほとんどの桜の樹は、疲れてはらはらと雪のように花びらを舞い落としながら眠りについている。

人々は思い思いに写真を撮ったり、子供ははしゃいで降りしきる桜の花びらを掴もうと躍起になっている。

そんな賑やかな音を微かに聞きながら、私は深い眠りについた。



4/18/2024, 2:20:47 AM