イオリ

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閉ざされた日記

 五歳の時。初めてひとりで留守番をしていた時だった。ごめんください、の声を聞いて玄関に行くと、荷物を背負った男が立っていた。

 品の良い中折れ帽を取りながら、貸本屋です、といった。字が嫌だ、と言ったら、ならこれを、と背負子から赤い本を差し出した。開いてみると、真っ白だった。男を見返すと、寝る前に読んでください、そういって去っていった。

 夜、再び開いた。すると本のページから小さな光の玉が飛び出し、額の中に侵入してきた。その瞬間、眩しい映像が一気に流れた。これは……。
 
 どうやら人の記憶のようだ。生まれてから死ぬまで。この記憶は、お医者さんみたいだ。頑張って勉強してお医者さんになって、沢山の人を助けて、助けられなくて。そういう映像が頭の中に映った。家族の映像もある。この人はなかなか幸せそうだった。

 目が覚めた。朝だった。気になって本を開いたが、真っ白のページがあるだけだった。

 それから毎晩、1ページずつ開いた。光の玉がいろんな人の記憶を映してくれた。新聞記者、先生、蕎麦屋さん、政治家、ケーキ屋さん、野球選手。よく笑う人、よく泣く人、外国の人、病気の人、誰かを心配する人、有名な人もそうじゃない人も。毎日、一人の記憶を見た。


 時が流れた。私は、ベッドにいた。
 全身だいぶ痩せた。こうやせ細った腕では、もう本のページをめくる力も出ない。
 
 でも良く生きた。いい人生だった。


 失礼しますよ、と声がした。閉じかけの目にうっすらと影が見えた。中折れ帽だった。

 お代を頂戴に上りました、軽く帽子を取ったしゃれこうべがいった。

 充実された人生のようで何よりです。ああ、何も心配はいりません。どうか安らかに。
 そういって私の額に指を突っ込んで、光の玉を取り出した。しゃれこうべが玉を本に挟むのを見て、私はそっと瞼を閉じた。
 
 

1/18/2024, 10:38:05 PM