【もしも未来を見れるなら】*架空の世界の架空の学校の話をしています
「見ないかなぁ」
「えー」
生徒たちの声に肩を竦める。今年度からカリキュラムが変わり、土曜日にも一時間目と二時間目だけ授業をやることになった。ただし強制出席ではなく、親の連絡があれば自由に休んで問題ない。自校では皆勤賞を奨励する方向性が消えて久しく、土曜の出勤にも特別手当がつくのでまぁまぁマシといえばそうだ。手が空いていて、まぁこの土曜日なら出ても良いだろう、という教員が、「自由学習」の名目で二時間、担当できる区分をやる、という形。生徒にもどの先生の授業を受けるか自由に開放されている。これでも学習要綱は満たすらしいから不思議なものだ。
九金は「社会科」の名目で低学年の担当をしている。教室には一年生と二年生が座っていた。空き席がちらほらあるが、国語と算数にほとんどの生徒が集まっているせいだろう。あちらはデスクとチェアが足りないらしいから、余るくらいでちょうどいい。
「先生見ないの?」
「なんで?」
なにを。どうも昨日の夜に人気アニメで「未来を見るアイテム」が登場したらしい。生徒たちはそれぞれに「次のテストの成績見る」とか「将来の自分を見る」と言っていたが、大人になってしまうとそれがどれだけ物悲しい結果を産むか、ちょっと不安になってしまうのだ。
「……例えばさ」
と話しだすと、わいわいしていた生徒たちが九金に注目する。良いことだ。
「先生が将来どんな人と結婚してるか知りたい、と思って未来を見て、一人ぼっちだったとしよう」
あー、と声が漏れる。なんだその「あー」は。というのを一旦置いておいて、黒板にその図を書く。お世辞にも絵は上手くないので、棒人間に「どんな人と結婚してるかな」と書いた後、未来らしき楕円形の中に一人で立っている棒人間を描き、その楕円の隣にも棒人間を描く。そこに「なんだ、ひとりぼっちだ」と書いておいた。
「その未来は変えられないのか、変えられるのか。どんなに努力しても報われないとして、今見えた未来より先ではどうなのか。何も分からない。ただ嫌な未来予想図を見たに過ぎないんだよね」
「でも、そうなってるってことなんじゃないんですかー?」
受け持ちクラスの中でも相当小賢しい……もとい、賢い女子生徒が手を挙げる。
「発言は名前を呼んでから」
と言って咳払いしてから、棒人間に矢印を引く。矢印は三本。
「例えばこの未来を見た先生なら、こう思う可能性がある」
矢印の先に、「なんだ、じゃあもうどりょくなんてやめてしまおう」「そんなはずない、もっとがんばらないと」「まぁそうかもしれない」。実際自分で考えてもそう思う。
「例えば「やめた」と思って、何もかもに手を抜くようになるかもしれない。服を洗濯しなくなったり、髪の毛を洗わなくなったり、学校にも遅刻してくるかもしれない。結婚できないなら全部どうでもいいやって。みんなは、先生がそうなったらどう?」
生徒たちは顔を見合わせた。
「それじゃ、もっと結婚できなくない?」
「結婚できないって決まってるなら同じだろう」
二度目の「あー」。この「あー」は先ほどのものと質が違う。理解のフックを得たのだ。
「先生が、今やってる先生のお仕事をサボっちゃうってこと?」
「困るよ〜、先生がおしえてくれないと、分かんないのに」
「教科書読めばわかるじゃん、分かんないのダサ」
「お前いっつもそれなー」
わいわいしだしたので、咳払いを一つ。
「ちなみに、もっとがんばらないと、とやっても似たようなことになる」
今度は「えー?」だ。
「例えば急に身なりがめちゃくちゃ良くなって、髪の毛もビシッとして、筋トレとか料理教室とか行って、すごい人になったとしよう。でも出会いがなかったら?」
今度も「えー?」
「ママがそういうのスパダリって言ってた」
「すごい人じゃん、モテないの?」
と、誰かが発言して、しん、と一瞬教室が静まった。そういうの一番困るな、と思いながら頭をかく。
「そういうこと、結局モテる場所に行かないといけないし、その魅力を感じてもらえる環境と時間が必要になる。で、「なんだ、あの未来は本当だった」ってなったら……」
つらいーと誰かが叫んだ。そう、辛いんだよ、と思いながら、最後の一つを示す。
「じゃあまぁそんなもんかーでいつも通りだとしよう。じゃあいつもどおりだから結婚できませんでした。おかしいな、そうすると先生の未来はどう頑張ってもお先真っ暗ってことかな?」
子供達が考え始める。なんで、どうして、と首を傾げている。
まぁ、言いたいことの半分くらい伝わっていればいいか、と九金はその様子を見回している。例えば流行りの配信者になりたい、は即座にでも叶えられる。しかしそれで収入を得られるかというと話が別だ。大人の世知辛さである。どんな職業でもそう、自分の思考を完全にトレースし、必ずそうなる未来を見たとして、その一分後に結果が変わってるかもしれない。そんな不安定な未来など、見ない方がマシ、それが九金の回答だった。
子供達が議論している。テストの結果を見れても問題を理解できるわけじゃない、お花屋さんになる未来がもし見えなかったらお花屋さんを我慢しないといけないのか、恋人の姿が嫌いな子だったらどうしよう。きっとそのうち誰かが、「だから先生は未来を見ないって言ったんだ」と言い出す。教卓の椅子に座って、あの賢い女子生徒が「だって絶対バレェダンサーになるんだって!」と顔を真っ赤にしているのを見ながら、ちょっと意地悪だったかな、と、頬をかきかき、黒板の方に視線を移した。
4/20/2026, 5:16:47 AM