汀月透子

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〈時を繋ぐ糸〉

 編み針を動かすたび、糸が指先から小さく震え、その余韻が胸の奥へとしみ込んでいく。思いを込め、ひと針ひと針編んでいく。
 編み物作家になった今でも、私はときどき思う。
──糸は時を繋ぐ、と。

──

 子どものころ、私は「おばあちゃんに可愛がられた」という記憶をほとんど持っていなかった。

 父方の孝江おばあちゃんは遠方に住んでいて、父には五人の兄弟がいる。
 孫も多く、会えるのは年に一度あるかどうか。会っても私は大勢の中のひとりで、友達が言うような「特別に可愛がられた」という実感はなかった。

 母方のヒロおばあちゃんは、私が生まれた頃に亡くなっている。
 だから私は、運動会や発表会に祖母が来てくれる姿を知らない。

 ある休日、そんな話をふと思い出して母につぶやいた。

「……おばあちゃんって、運動会に来てくれたことなかったよね。
 奈央ちゃんちのおばあちゃんみたく、おはじきとかお手玉とか教えてほしかったなぁ」

 母のゆりえは少し黙って聞いていたあと、押し入れから一冊のアルバムを取り出した。

「かんなにヒロおばあちゃんのこと、ちゃんと話してなかったね」

 アルバムを開くと、知らない写真が並んでいた。
 小さな私を抱き、優しく笑う女性。
 編み目のそろったショールにくるまれた赤ん坊の私。
 揃いの色の小さな帽子や靴下。

「体が弱かったんだけどね、あなたが生まれた時ひと月もこっちに来てくれたの。
 これは全部、おばあちゃんが編んだのよ」

 母は指先でショールの写真をそっとなぞった。

「帰ってからすぐ亡くなってしまったけど……
 おばあちゃんの家には、あなたへの贈り物がたくさん遺されていたの。
 あなたのお気に入りのマフラーも」

 私は目を丸くした。
 あの、くすんだオレンジ色の、ふんわりあたたかいマフラー。

「ヒロおばあちゃんが?」

 母は静かに頷いた。

「あなたが大きくなっても使えるように、セーターやカーディガンもサイズを大きくしたのを何枚も。
 箱がいくつも出てきてびっくりしたわ」
 見つけたときを思い出したのか、少し大げさに母が話す。
 そして優しく、少し切なそうに話す。

「あなたには記憶がないかもしれない。
 でも、おばあちゃんはあなたのために、たくさん想いを残してくれたのよ」

 アルバムの中で私を抱いて笑うその人を見つめた。
 胸の奥で、途切れていた糸がそっと結ばれるような気がした。

「……お母さん、編み物、教えて」

 その日から、私は夢中で編み針を動かすようになった。

──

 半年後、私は孝江おばあちゃんへモチーフ編みの膝掛けを送った。
 届いたという電話で、受話器の向こうから孝枝おばあちゃんの弾む声が伝わってくる。

『これ、かんなちゃんが編んでくれたの?
 かわいいねぇ。毎日ひざに掛けてるよ』

 数日後、孝江おばあちゃんから手軽が届いた。
 中には、膝掛けを掛けて笑う孝江おばあちゃんの写真が入っていた。
 その笑顔を見た瞬間、遠くても気持ちは届くのだと、初めて強く感じた。

 やがて時代が進み、孝江おばあちゃんは携帯電話でメールを送ってくれるようになった。
「今日も使ってるよ」と、私が編んだ帽子をかぶった画像付きで。

 晩年には、いとこが用意したタブレットでビデオ通話もできるようになった。
 画面越しに、柔らかく目を細めて私の作品を身につけてくれる姿を見ると、胸があたたかくなった。

──

 孝江おばあちゃんも、今はもういない。
 けれど、私の編んだストールや帽子を身につけたおばあちゃんの写真が、何枚も残っている。
 それらは、私が糸で繋いだ時間の証だった。

 想いを込めて編む気持ち──その源は、きっとヒロおばあちゃんが残してくれた糸の記憶だ。
 記憶がなくても、想いは形として受け取れる。
 そのことを教えてくれたのは、二人のおばあちゃんだった。

 私は机に並べた毛糸玉を見つめ、そっと手を伸ばす。

 さて、次は誰のために編もうか。
 この糸で、また誰かの時間をあたためるために。

──────

またおばあちゃんのお話(´・ω・`)

私もおばあちゃんの記憶が皆無です。
こうありたかった物語を書いているのかもしれません。

11/26/2025, 11:40:35 PM