私は最後のページを読み終えると、静かに本を閉じた。集中していた気持ちを切り替えるように深く息をつき、座っていたソファーの背もたれから僅かに背中を浮かす。
「今回のはどうだった?」
後ろから聞こえてきた声に、私は振り返らずに答えた。
「相も変わらず素敵で意外で幸福な、最高の物語だったわ」
私の感想に背後に立つ彼が、ふふっと控えめな笑いを漏らす。
「君のコメントも相も変わらずそればかりだなぁ」
「あら、最高でない物語がこの世にあると思って? しかもそれが恋を含めた物語ならば、尚更最高以外に思い浮かぶ賛辞がなくってよ」
私の目の前にあるテーブルに、彼が紅茶を淹れたティーカップをソーサーごとそっと置いてくれる。彼は空いていた私の隣に何も言わずに腰を掛けると、自分用にも淹れてあったらしい紅茶のカップを口元まで運んでいた。
「それで? 君はいつになったら自分の物語を始めるんだい?」
彼が口をつけたカップをテーブルへと置く。私は湯気が香り立つカップを持ち上げ一口飲んだあと、こちらを楽しそうに見遣る彼を横目で窺った。
「どういう意味かしら?」
「君の物語をさらに最高にするための配役を僕に務めさせて貰えないかなっていう、あわよくばのお願いも含まれてる」
私は彼から視線を逸らし、芳しい紅茶をもう一度味わう。ソファーの肘掛けに頬杖をつき、ニコニコとした笑みを崩さぬまま私の反応を観察する彼を、どうにかこのまま黙殺できないかしらと考えながら、少し跳ねた鼓動の音を必死にひた隠した。
【恋物語】
5/19/2023, 3:51:54 AM