小説家X

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『君の奏でる音楽』

 今まで吹奏楽に費やしてきた長い長い時間を、たった十二分間で表現する。それが吹奏楽コンクールだ。恐らく、全国の吹奏楽部員はこの十二分を短いと感じたことがあるのではないだろうか。僕は今まさにそう感じている。
 今日はコンクールの県大会本番。三分程度の「課題曲」は大きな失敗もなく終わり、次は各団体が自分たちの持ち味を考慮して選ぶ「自由曲」だ。僕たち○○吹奏楽部の武器、それはなんといってもソプラノサックスの彼だ。彼は音大志望でプロを目指している未来の音楽家であり、僕らのリーダー的存在である。
 思えば僕らが県大会まで進むことが出来たのは彼のお陰だと言っても過言ではない。彼はいつだって一人一人の苦手を分析し、適切な練習内容を考えてここまで一緒に頑張ってくれた。彼と共に吹部人生最後のコンクールに臨めることがとても誇らしい。
 トランペット、トロンボーンのファンファーレで自由曲が始まった。その華々しさを受け継いだクラリネットの繊細なメロディーがホールに響き、スネアは軽快なリズムを刻む。と、ここで全体が急に静かになり、場面の雰囲気が一変する。低音楽器とアルトサックスが不気味な不協和音を重ねてゆく中でいよいよソプラノサックスのソロだ。
 彼が大きく息を吸い、そのままそれを音にしてゆく。最初は周囲に溶け込むような細い音だが、徐々に存在感を増してゆき、ソプラノサックスが彼という人間の色をホール全体に響かせる。最早、誰一人として顧問の指揮など見ていない。吹いている僕らも、観客も、審査員も、ここにいる全ての人は彼の音を追っていた。繊細で美しく、何処か寂しさも感じさせる彼の音色。練習で何度も聴いたソロだが、この本番という環境で、彼の音楽はまた更なる高みへと進化する。
 演奏中だというのに、僕は自分の涙腺が緩んでいくのを感じた。慌てて自分の楽譜に集中する。曲もいよいよ終盤に差し掛かっていた。各々の音が勢いを増し、十人十色な音色が生み出されるが、それでも僕らの音は確実に一ヵ所に集まっていく。彼のソプラノサックスが今、全ての音を受け止めて僕らを繋いでいた。
 最期のフェルマータ(程よく伸ばすという意味の記号)が顧問の指揮と共に収められた。胸が苦しい。この苦しさはきっと、今僕の心の中にある色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざって生まれたものだ。この感情は、僕と、彼と、皆が作り出した音楽に似ていた。

8/13/2023, 6:28:28 AM