『朝日の温もり』
朝7時。校門はすでに開いていた。
鍵を開けるのは教頭先生の仕事だと聞いたことがあるが、こんなに早くから学校に来るなんて大変な仕事だなと他人事のように思う。
人のいないグラウンドの横を通り、静まり返った校舎に足を踏み入れた。
普段は通り過ぎるだけの他クラスの靴箱を、今日はさりげなく覗き込んでみる。そして心の中で小さく「よし」と呟いた。
当然と言えば当然だが、靴箱には上履きの背だけが並んでいる。
満足した気持ちで自分の靴箱の前に立った私は、通学用の運動靴を脱ぎ、それと入れ替えに履き古した上履きを足元にパタンと落とした。
教室まで続く廊下を歩いていると、窓の外から鳥の鳴き声が聞こえてきた。
うちの中学校は小高い丘の上にあって、辺りは木に囲まれている。鳥の声が聞こえてきても何ら不思議ではないはずなのに、なんだかすごく新鮮に思えた。
だが、考えてみればそうかもしれない。普段、学校に来た時にはすでにどの教室からも賑やかな声が聞こえてくる。そのため、小さな鳥のさえずりは自分の耳に届く前に容易にかき消されてしまうのだろう。
廊下を歩く自分の足音が、この広い校舎全体に響き渡っているような気がして、何となく気を遣いながら歩いた。
私は朝が苦手だ。夜更かしをして朝起きられなくなる、早寝早起きとは真逆の生活を送っている。
そのため、登校の時間がギリギリになってしまうことも度々あった。そんな時は足音を気にするどころか、同じように登校の遅い生徒と一緒になって廊下を小走りで行くことになる。
そんな私にとって、こんな時間に学校に来るなんてことは入学して以来初めてのことだった。
今朝、めずらしくスッキリ目が覚めたなとスマホを見ると、いつも起きる時間までまだ1時間以上もあった。
いつもならここで二度寝をするところだが、今日はなぜか再び目を閉じてみても眠気が来ず、冴えた頭で、どうせならたまには早く学校に行ってみようかと思い立った。
誰もいないはずの自分の教室に入った私は驚いた。
窓際の席、前から2番目。机に顔を伏せているクラスメイトがいた。クラスメイトと言っても、春にクラスが変わってから1、2度業務連絡のような会話をしたことがあっただろうか、という程度の関わりしかない男子だ。
心の中で、私は少しがっかりしていた。今日一番に登校してきたのは自分だと思っていたからだ。
だが、どうやら彼に先を越されていたらしい。彼の靴箱は確か、クラスの中で左上の方なので、さっきは見落としていたのだろう。
彼は机の上に置いた両腕に頭を乗せ、顔を窓の方に向けている。
「おはよう」と声をかけるべきか迷ったが、どうやら彼は眠っているようだったので、私は彼を起こさないようにそっと自分の席に向かった。
彼の後方で、窓から2列目にある私の席には、窓からの淡い光が差し込んでいる。
静かに腰を下ろして机の上にカバンを乗せると、机に触れた手にじんわりと温かみを感じた。
木製の机が、朝日の温もりを帯びている。
私はふと、彼の真似をしてみたくなった。この温かい机の上で眠ったら、きっと気持ちいいんだろうなと思ったのだ。
カバンを机の横に掛けて彼のように机に顔を伏せる。そして、そっと目を閉じる。
顔を照らす温もりが心地いい。たまには早く学校に来るのも良いものだな。
そんなことを思ってるうちに、私はぼんやりと温かい夢に包まれた。
6/10/2024, 12:43:59 PM