つぶて

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君と出逢って

免許証なんて、高価な身分証だと思っていた。
大学の頃、時間があるうちに取れと言われて取った。数十万円の受講料を払い、どこかの田舎でつまらない数週間を過ごした。そうして手に入れたのは一枚のカードだけ。確かに便利ではあった。身分証と言われれば提示し、サークル仲間と足を伸ばす時にはハンドルを握れた。それでも使うのは月に一、二回。いっそのこと、ゲーミングPCでも買った方が有意義だったかもしれないと、預金残高を眺めては考えたものだ。
運転も大して好きではなかった。車はあくまで移動手段で、道中はほとんど退屈だ。特に高速道路は嫌いだった。単調で終わりの見えない道。友人がいなければ進んで乗らなかっただろう。
緑色の標識を確認して小さくハンドルを切る。この辺りの地名ももう読める。カーナビは静かで、お気に入りの音楽に時折鼻歌が混じる。助手席に座る人は、まだいない。
もうすぐだ。
午前の澄み渡った空に顔が綻ぶ。温かい高揚感が胸に溢れている。いつもごめんねと君は言うけれど、俺はこの時間が好きだった。ただ車を走らせるだけの時間。君がくれた、君の知らない時間がここにある。

5/6/2024, 9:30:08 AM