神崎たつみ

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「探しましたよぉ?」
 ちょっと剣呑な空気を漂わせた君が姿を現したことで僕のかくれんぼは終わりを告げた。
「探してくれたんだ?」
「ったり前じゃねぇっすか」
 重たく息を吐くと、僕の正面。カウンターに腰を下ろす。
「あんたのお勧めを下さい」
「……それを飲んだら」
「一人じゃ帰るわけないじゃないすか。……わかってんでしょ?」
 頬杖をついて、そこで改めて僕を頭のてっぺんから腰の辺りまで--多分その辺りまでしか見えないだろうから--眺められた。僕は苦い笑いを浮かべているのだろう。それを見て漣くんは眉を顰めた。
 気が付けば一年近く経過していた。別に何かが嫌になったというわけでもない。ただ何となくいつもとは違う場所に行きたくなっただけ。ふらっと電車に乗って、乗り継いで、気が付いたら一年。
 テレビでは失踪した、とニュースになっていた。如何にも訳アリな僕をこの店のマスターが何も聞かずに受け入れてくれたから、何となくここまで過ごしてこられたのかもしれない。
 Trickstarのみんなには「戻るから」とは伝えてあった。それでも当然ながら「何かあったのなら話して欲しい」と心配を掛けてしまったけれど。「帰る場所はここにあるんだ」と言われて有り難くて泣けてきちゃうのに、それでもなかなか帰ろうという気にならなかった。理由なんかわからない。自分でも何でだろうと疑問に思うのに。
 ふらっと出たと言ったけど、実のところは計画的だったのだろう。ホールハンズも個人の端末も置いて出たのだから。持ってたのは財布だけ。足跡が残るものを置いて出ているのに衝動的とは言わないかもしれない。
 これまでのことをぼんやりと考えながら、シェイカーを振る。冷やしたグラスに淡い桃色のドリンクを注ぐと、眼前にいる漣くんに差し出した。
「そんなぼーっとしながら仕事出来るんすね」
「え、なんか悪口言われてる気がするんだけど」
「悪口じゃねぇですよ。……いや、悪口なのかな」
「……つまりは良い意味ではない、と」
 僕が問えば、漣くんが苦く笑った。
「ずっと後悔してたんですよ」
「何を?」
 この時間、漣くん以外に客はいない。平日の深夜だ。羽目を外して飲むにはちょっとお高いし、そもそも繰り返すが平日なのだ。次の日が仕事だという人の方が多いだろう。だからきっと、閉店まで漣くんしかいないのだろう、と思う。だから僕は他に気を取られることもなく会話が出来た。
 少しカクテルに口をつけて味わっているのを眺める。きっと漣くんも言いたいことをまとめているのだろう。
「……美味しいです」
「……ありがとう」
 ぱちぱちと瞬きをした途端、柔らかな笑みへと表情を変えた。その表情のまま、再び口を開く。
「遊木さんがいなくなった前の日。オレはあんたと話そうとしてたんですよね」
「……そうなんだ」
「ええ。上手く説明出来ないんですけど、遊木さんがどこかに行っちまいそうだったんで。繋ぎ止めなきゃ、って思ったんですよね」
 隠せてると思っていたのに、そんなことはなかったらしい。演技の仕事もたくさん貰ってたのに肝心の人には通じなかったのだと今更知った。
「次の日にいなくなっちまって、やっぱり、と思ったんですよね。それからずっと探してました」
「探す理由、漣くんにはないはずなのに」
 僕の呟きをその耳はきちんと拾ったらしい。
「理由なんてたくさんありますよぉ? 何で『ない』と思ったのか知らねぇっすけど」
 ぐい、とショートカクテルが漣くんの喉を通っていくのを僕は見つめた。
「自分よりオレのことを考えてくれる大事な人、逃したくないんで」
 ニッと口の端が持ち上げられたのを見て、『僕のお勧め』と言われたのに、君の好きなものを無意識に考えていたんだと気付かされた。

#君と最後に会った日

6/26/2023, 10:43:05 AM