「いやー、流石に秋ともなると誰もいないなぁ」
こんな時期にもなると流石に夏気分も失せるのか、泳ぐ人はおろか散歩する人すらいない、がらんとした海辺。その石塀の上に立って、手を額に当てて眺めているのは、級友の優香だ。
僕はほとんど引っ張り込まれるような勢いで着いてきてしまったが、そもそもこんなところに来る理由がわからない。彼女の言う通り、こんな秋に冷たい海で泳ごう、なんてそう考えないことだ。彼女自身も泳ぐことを目的としていないのか、何も持ってきていない。
ただ、僕らは水平線を眺めていた。
「でも、逆にこういう景色を独り占めできるのは大きいねぇ」
石塀に座り直す。ゆらゆらと光が揺れながら、太陽が水平線に浸かっていく。ただ、そんな光景を見ているだけなのに、心はどこか落ち着かない。真っ直ぐと彼女を視認できない。でもその正体を何となく知りたくなくて、結局心の隅に置いた。
「ところでこんな噂、知ってる?」
急に視界にぬっと入ってきて、思わず仰け反ってしまう。恥ずかしくも、頬が熱くなるのを感じる。
彼女はそんなことに気づかなかったようで、いじることもなく続けた。
「『秋に咲く恋は実りやすい』ってやつ。ロマンチックじゃないー? ホントかどうかは分かんないけど!」
恋。その単語ひとつで、急にパッと、暗く狭い道に光がさし通したように感じた。まるで、最後の歯車をはめ込むかのように。
僕は、恋をしているのだろうか。あの感情の正体は、恋なんだろうか。
「ちょっと、聞いてる?」
ずいっと、視界の隅から優香が顔を出す。微かな吐息、赤い夕焼けに照らされて赤く染る頬。綺麗な黒い瞳。
僕は、目を逸らすことが、出来なかった。
(ギブ)
9/22/2024, 9:14:45 AM