ゆずし

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『行け』

手紙だ。突然届いた。今時手紙なんて珍しい、どこの誰が寄越したのか。差出人不明、文章はあまりにも淡白な一言。行け、と。どこへ?

筆跡に見覚えがあった。完全に俺の字だ。本人が言うのだから間違いない。ただ、こんな手紙を自分宛に出した覚えは無い。日付が書いてある、過去の自分が書いたのだろうか。いや違う。

2033/2/15

未来の自分だ。さしずめ、10年後の俺から届いた手紙とでも呼ぼうか。彼はどこへ俺を導くつもりか。記憶を探る。思い付いたのはたった一人。

幼馴染がいた。最近話していなかったが、たった今連絡が来た。『家で会えない?』。俺は、勉強が忙しいからまた今度と送った。もう夜だ、こんな時間じゃなくていいと思った。

嫌な予感がした。勿論、こんな手紙を鵜呑みにするのは馬鹿だ。分かっている。ただ、確かめるだけ。誰にでもない俺自身へと言い訳する。

俺は、急いで部屋を出て幼馴染の家に行った。向こうの家族が驚いていたが、一応謝罪だけして彼女の部屋へ突っ切った。

その瞬間、目を疑った。

天井に不気味な縄が釣ってあったのだ。



自殺するつもりだったらしい。きっかけは両親の喧嘩。更には受験シーズンとも重なってプレッシャーによるストレスも積もり、安心出来る居場所が無くなった事。唯一頼りにした俺にも断られ、相談できず死を選ぼうとしたのだという。



受験が終わった。無事二人とも合格し、一緒の大学に通い、同棲するようになった。付き合い始めたのはほぼ自然の流れだった。

あの時、10年後の俺は何を思いながら、あの手紙を書いたのだろう。俺が行かなければ今彼女はこの世にはいない。ならば彼女が死んだ世界に生きるであろう俺は人生最大の後悔を胸に手紙を綴ったのだろうか。

手紙は偉大だ。たった2文字で人生を大きく変えて、人生最大の幸福を届けてしまえるのだから。

俺は筆を執る。そうだな、母親にでも今から手紙を書いてみようか。少し迷ってから俺は書き出した。「最近どうですか?」いや、やめた。

『元気』

これだけでいい気がした。


2/16/2023, 2:52:24 AM