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浅い眠りから目覚めた途端、締め付けるような頭痛に眉を顰めた。薄い窓ガラス越しに雨粒の弾ける音がする。怠い体で薬箱を漁り、目的のものを水なしで飲み込んだ。

昔から雨は嫌いだ。毎度頭痛に苦しめられるのもあるが、雨特有の生臭さとザアザアとこちらを急き立てるような音は、それ以上に僕を落ち着かなくさせる。
僕は狭いベッドに再び横になった。夜闇の湿った空気が鬱陶しい。幼い子供のように薄い毛布を頭から被る。埃っぽい布越しの雨の気配に、僕はどうしてもそれを思い出した。
シングルベッドで手を握りあい、嵐をやり過ごした日。雨の気配など吹き飛ばす二人分の体温と、彼女の好きな甘ったるいヘアオイルの匂い。空気に溶けるような笑い声にじんと脳が揺れた記憶。雲が晴れたら星を見ようと囁きあった夜が過ぎり、喉がなった。

空気は相変わらず冷たく、僕一人では明日の星空を楽しみにすることもできない。ただ一人、雨雲が晴れるのを待つことしか。
もう止まぬ雨に怯えるような歳ではない。それでも、雨のたび胸に迫る思いが増していくのは、きっと彼女の隣にいられる夜がもう来ないことを知っているからだ。
あの夜彼女が指さした星は、僕一人では見つけられない。


『消えた星図』

10/16/2025, 2:17:46 PM