「お前、自殺したいか?」
低く、どうにも不安になる声にあわせ変な質問。
驚いて少し固まってしまった。
「…どちら様でしょう」
やっと発した一言だった。
だが、目の前の男はそんな質問を無視して言った。
「先に俺が聞いた。自殺したいか?」
目深に被った黒いフードから冷めた視線を感じる。
「したくありません」
「そうか、なら俺に殺されるか自殺するか」
は?と聞き返したくなった。
私は死にたくない。
が、男の質問には死ぬ以外の選択は無いのだ。
まぁ、どうせただの戯言。
耳を貸す必要は無い。
「そうですね…どうせなら殺して欲しいです」
冗談だった。
私の経験では、この手の冗談が通じる為には相手も冗談で無くてはいけない。
「分かった。一年後に殺しに来る、準備しておけ」
それが冗談だったのかはあと一年経たないと分からない。
しかしどうにも不安になっている私がいた。
まるで医者に余命宣告を受けたような。
そんな感じ。
大きな不安が私に襲いかかる。
それから数日。
「先生、私って何処か悪くなっていませんか?」
もう、藁にも縋りたかった。
あの男が私を病気にする事は出来ないと思っていた。
なら何らかの方法で私になにかの病気がある事を知った。
その病気のせいで私が自殺するか死ぬかを見抜いた。
男が私を殺しに来ると言ったのは嘘だろう。
病気で死ぬ事に対して自分が殺したのだと思いたかった、思わせたかったのかもしれない。
死神のように。
「いえ、至って正常ですよ。むしろ良くなっています。このままいけば一年後くらいには退院できますよ」
発病するのはもう少し先なのかもしれない。
そんなこんなで、残り一ヶ月をきった。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
死ぬ?
なんで?
何の病気も出ていない。
私じゃ無くて他の誰かが。
何で私なんだ。
あの男のせいだ。
あいつのせいで私は死ぬんだ。
殺す殺す殺す。
死ね。
あいつが居なくなれば私は死なない。
毎日呪った。
それが効果を発揮したのかは分からない。
まだ寒い季節だった。
吐く息は白く、雪が積もっている。
早く春が訪れてほしい。
春が来れば私は死なない。
何故一ヶ月とはこんなにも長いのだ。
嫌いな冬が一層嫌いになった。
残り5日。
その日は夢にあの男が出てきた。
「あと5日」
その日を堺に毎夜必ず男が夢に現れる。
眠らないようにしても何故か必ず眠ってしまう。
「あと1日」
「死神ごっこの何が楽しい」
意味もない質問を投げかけた。
「死神‘ごっこ’じゃ無い。死神だ」
「馬鹿げたことを」
「明日がお前の命日だ。12時にお前を迎えに行く」
死にたくない死にたくない。
それだけが胸に残った。
「先生、何故皐月(さつき)さんは亡くなってしまったんでしょうか…」
「それが、分からないんです。順調に回復していたし昨日は退院日だったのに」
「そう言えば、昨日が退院予定日でしたっけ」
「…」
「偶然ですかね?」
「何がですか?」
「あの病室のことです。前にもあそこの病室で退院予定日に亡くなった方がおられました」
「…偶然ですよ」
「…その声辞めてくれませんか?すみません、勝手だとは思うんですがその声を聞いてるとどうにも不安になるんです」
ー一年後ー
5/9/2024, 9:29:55 AM