お題『君の奏でる音』
お風呂の掃除をしていると、すっかり聴き慣れた旋律が流れてきた。食堂のピアノで主様が単独リサイタルをされているようだ。
日中こうも暑いと、さすがに畑仕事が趣味の主様といえど、外に出る気力も湧かないらしい。街の子どもたちを集めて開く勉強会も夏休みだと先日ミヤジさんから聞いた。
そういえば主様は、今年は茄子と胡瓜を植えたとおっしゃっていたなぁ。
「ボスキの燻製と交換してもらうの」
種まきを終えたときの主様の笑顔はいつになく邪悪に満ちていて、いつの間にそんな表情まで身につけてしまったのかと驚いた。しかしそれは多分ボスキ本人の笑い方を覚えたのだろう、口の端の上げ方がそっくりだった。
あれ? 音が増えた? ……これは連弾かな。そう思っているうちにチェロの音まで加わってきたので、おそらくミヤジさんとラトが一緒なのだろう。
だけど、主様の音だけは、俺は聴き取れる。ほら、多分ミスした。それを誤魔化すように演奏が走り出す。でもさすがというか、ミヤジさんとラトはそれにぴったり合わせていく。このトリオならではの演奏に、俺も鼻歌で参加する。
早くお風呂掃除を済ませて水風呂を用意して、俺も演奏会に駆けつけよう。
8/12/2023, 12:43:07 PM