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「夜の海」

車を走らせて夜の海岸に来た。昼間の喧騒はない。海辺のホテルの他には光を発するものはない。広々とした砂浜にゴザを敷いて横たわった。幸い月は出ていない。腕を枕に空を見上げた。背中に砂の奥に残る昼間の熱を感じるが、海風がやさしく体をなでる。

忘れられない夜空がある。校庭にテントを張ってキャンプをした夜のことだと。テントの中ではみんな寝静まっているが、一人だけ眠れなかった。固い地面の感触と狭いテントに閉じ込められた不快、みんなと眠ることに緊張もしていた。

ふと思いついてテントを持ち上げて顔だけ出した。風が頬を撫でる。涼しさにほっとする。と同時に迫ってくるような星空に思わず「わあ」と声が出た。大丈夫。誰も聞いちゃいない。

しばらくすると蚊が寄ってきた。手で払ったがしつこいので諦めてテントのなかに戻った。目を閉じるとさっきの星空が浮かんで、それを見ながらようやく眠りについた。

今日の星空はあのときの星空といい勝負かもしれない。潮の香りとざぶんと寄せる波の音。夏の大三角、地平線近くにさそり座。少し反るようにして北の空に目を移すとカシオペア座が見える。目が慣れてくると天の川がくっきりとしてくる。

今日はたっぷり虫除けスプレーをして、蚊取り線香も持ってきた。蚊が来たら追い払えるようにうちわを持参、刺されてもいいようにかゆみ止めの薬も用意し、準備万端整えた。蚊のせいで中断したくないから。

仰向けになってまだ数分だけど、すーっと夜空を横切るように、今日最初の流星が一瞬だけ浮かんで消える。それから十二個までは数えたが、それ以上は数えるのをやめた。すぐに消えてしまうのもあれば、願い事三回言えるんじゃないかというくらい長くとどまるものもある。

しばらく堪能して体を起こした。海と空の境は星でわかる。星のない漆黒が海。先程ここに寝転んだ時より波打ち際が遠い。そろそろ帰ろうか。立ち上がろうとするとまた星が流れた。

8/16/2024, 7:06:25 AM