「雄太、リオの散歩行ってきて」
「えーまた俺?」
「お母さん腰痛めちゃったんだから仕方ないじゃない。」
「わかったよ。めんどくせえなあ」
母さんに言われ、仕方なくリオのところへ向かう。
「リオ、散歩行くぞ」
散歩という単語を聞いた瞬間、こちらを向いて耳をピンと立て、駆け寄ってくるリオ。
俺はリオの青い首輪にリードを繋げ、リオとともに近所の河川敷へと歩き出した。
突然だが、俺はリオが苦手だ。
リオは母さんが親戚の家から貰ってきた柴犬で、やたらと賢い。
散歩は飼い主の歩くペースに合わせるし、沢山芸もできるし、トイレもすぐに覚えたし、勘も鋭く、人間の言葉がわかってるんじゃないかって行動もする。
そして時々、その黒い大きな目で、静かにこちらを見ているのだ。
俺はその目が特に苦手で、俺という人間の底の浅さを見透かされているような気分になる。
「あーあ、さっさと帰りてえなあ。せめてなんか良いことあればいいのに」
リオと河川敷への道を歩きながら、独りごちる。
そんな俺をリオはチラリと見上げて、また軽やかに歩く。
しばらくして、リオが急に立ち止まった。
「どうした?リオ」
声をかけた瞬間、すごい勢いでリードを引っ張りだしたリオ。
「お、おい!リオ!なんだよ!」
リオは俺ごと引っ張るかのようにリードを引き、尋常でない雰囲気を放っている。
そういえば、動物って本能的に危機を感知するとかいう話がなかったか。
元々賢く勘の鋭いリオのことだし、俺が気付かない何かに気づいたのかもしれない。
丁度退屈だったし、ここはひとつ、リオについていってみようか。
そう決めた俺は、リオの勢いに任せて河川敷へ走り出した。
リオの勢いは、川のすぐ近くで止まった。
「はあ、はあ…リオ、ここに何があるっていうんだよ。いつもの河原じゃねえか」
そう、ここは夕陽が差しているいつもの、なんの変哲もない河原だった。
ただ走りたかっただけなのか、そう思った時。
「あれ?三峰君?」
綺麗なソプラノの声が耳に届いた。
振り返るとそこには、想い人の柚木さんがいた。
「え…柚木さん?どうしてここに?」
逸る胸を押さえて、柚木さんに問いかける。
「あ、私は、写真部の活動でちょっとね。ここの景色が綺麗だから撮りに来たところなの!三峰君は?」
首から下げたカメラを見せて、佐々木さんがニコッと笑った。
「お、俺はリオの、この柴犬の散歩に来たんだ」
ぱたぱたと尻尾を振り、柚木さんに向かってリオがくうんと鳴いた。
「わあ、可愛い!ね、触ってもいい?」
「も、もちろん!」
それから柚木さんと俺は色んな話をした。
写真のこと、趣味のこと、夢のこと。
リオの存在でリラックスしたのか、柚木さんは思ったよりずっと多くのことを話してくれた。当然俺も話したけど。
「さて、暗くなってきたし、そろそろ帰るね!」
「ああ、気をつけてね」
「そうだ、三峰君て毎日この時間ここに来るの?」
「あ、ああ、うん」
「じゃあまた私もここに来ていいかな?三峰君ともっと話したいし、リオくんにも会いたいし」
よし、明日から毎日夕方の散歩は俺が行こう。今決めた。
「うん、もちろんいいよ。じゃあ、また、明日」
「ありがとう!また明日ね!」
ひらひらと手を振って帰っていく柚木さんをぼうっと見送っていると、わん!と足元で声がした。
こちらを見上げるリオは、なんとなくドヤ顔をしているように見える。
「まさかお前、柚木さんが来るのに気づいたから走り出したのか?っていうか、なんで俺が柚木さんを好きなの知って…」
ふふん、と言わんばかりの得意げな顔を崩さないリオ。
やはり得体の知れない柴犬だ。
だが、でも、今日だけは。
こいつにおやつのビーフジャーキーを沢山やってもいいかもしれない、そう思った。
テーマ『好きじゃないのに』
3/25/2024, 11:03:06 AM