『終点』 No.115
気づけば、私は電車に乗り込んでいた。
とある秋の夜のことだった。
家に居るのが苦しかった。なにより、辛かった。
だから、ここを出てやると言い切って、僅かなパンと貯金箱を乱暴にもって飛び出してきたのだ。
冷え込んできた駅の錆びたベンチで横になる。
ハンガーに掛かっていたコートがあってよかったと本当におもった。
それから、目を閉じた。近くの草が広がる所からは、優しい虫の音が響く。
お腹がすいたな……。でも、このパンは明日ようだ。あぁ、懐かしい……
こんな時に思い出すのがお母さんの笑顔なんて、、
悔しい。
ぎゅっと目をつむった、その時だった。
キーーっと、大きな音が、静まり返ったさびれた駅に響き渡る。
はっとして目を開いて、私はとても驚いた。
え……?
そこには、立派な電車が止まっていた。
さぁ、おいで……とでも言うように、電車がプシューと音を立てて扉を引く。
ふらふらと電車へ近付く私。
顔に電車の光りが青白く反射する。
乗り込んだ途端に、電車のドアがバタンと閉まって正気に戻った。
嘘、嘘!乗っちゃった……!
どうしよう、発車してる!!
焦って足がもつれ、手すりで強く頭を打った。
そこからは、何もわからなくなった───
どれくらい経っただろう。
電車はいつの間にか止まったみたいだった。
不思議なことに、私は電車のソファの上で横になっていた。毛布も、かけてあった。
カーテンが開いてあったので、電車には朝の光が差し込んでいた。
だから、すぐに気がついた。
最初は少し怖かったけれど。
そう、
電車内にはツタやら苔やらがびっしり生え、ソファも綿が飛び出ていた。車体は全体的に寂びていて、電気は割れていた。
この電車は、最初からこうだったのだろうか。
いや、でもこの毛布は?
出発したはずなのに、外に出るとただの山中の駅に帰っていた。出発点から動いていない?
のちのち調べて分かったのは、
あの駅は何十年も前に廃線になったこと。
それから……
ときどき車掌さんの霊が、人を乗せて終点までさらっていくそうだ。
車掌さんの気まぐれで、私は助かったのだった。
8/10/2023, 10:54:30 AM