きっかけはいつも些細なことだった。
「大体貴方は…!」
女特有の金切声が開始の合図だ。萌は「またか」と小さく溜息を吐いて自室へと引っ込んだ。
一階から両親の言い合いがくぐもって聞こえる。夕飯後はいつもこうだ。
母の小言が積み重なって、父が弱々しく言い返す。すると母のヒステリーが爆発してゴングが鳴る。
(こんなに相性悪いのになんで離婚しないんだか)
離婚するとなればどちらに着いて行こうか。母に着いていけば小言の矛先は自分に向かうだろう。だが父に着いていけば家事は必然的に萌の役割になるに違いない。
ただ金銭的に父に着いて行った方が得はする。進学も出来るだろう。
そこまで考えて、萌は自分の打算的な発想に辟易とした。
ベッドに横たわり、癖のようにスマホを弄った。SNSに機械的ないいねを送りつつ、ぼんやりと考える。
(自分もああなっちゃうのかな)
いつも不機嫌そうな母の顔を思い返し、自分の将来の姿を想像した。自分そっくりな子供を前に、イライラした自分の姿。隣には—。
(やだな。タケル先輩はお父さんみたいにヘラヘラしなきゃいいけど)
そこまで思案し、萌は急に我に返る。頬がじんわりと熱くなる。勢い良く枕に顔を突っ伏し小さく唸った。
「めぐみー。降りといで。メロン切ったよ」
先程の不機嫌さなど微塵も感じられない母の声。
ダイニングへ向かえば、瑞々しいメロンが皿に並んでいた。
「どしたんこれ」
萌の問いに父が小声で答える。
「こういうの買っといたらママの機嫌治るでしょ」
手慣れてる。でも父の言う通り母は鼻歌混じりで上機嫌だ。本当、始まるのは突然だけど終わるのも突然。巻き込まれる身にもなってほしい。
(お似合いだわ、あんたら)
萌は呆れつつも、その美しい緑の半月にかぶりついた。
≪始まりはいつも≫
10/21/2024, 2:03:55 AM