宿を出て、いつも通りの朝を迎えた。
しかし今日は少し違う。
隣には新しい仲間が加わったのだ。
彼らとともに依頼された任務を完遂させるため、鬱蒼とした森へ向かう。
これが陳腐な冒険譚なら、こんな冒頭から新章が始まるのだろう。
少し窮屈なベッドサイズ。
柔らかすぎる枕。
肌触りのいいタオルケット。
高級旅館にでも泊まりに来たのか、と思うくらい上質な素材であつらえた寝具だ。
持ち主は隣で健やかな寝顔を浮かべている彼女だ。
普段隠れている前髪が跳ね上がって、まんまるとした額があらわになっている。
記念に写真でも撮っておこうかと携帯電話に手を伸ばした。
すると、無防備になった額ですりすりと俺の脇へ擦り寄ってくる。
甘え慣れたその仕草に少しだけ胸が軋んだ。
「……」
起こした……?
不自然に彼女の体が硬直したため、俺も少し体勢を整えた。
体温か、感触か、匂いか。
彼女は俺のどこに違和感を抱いたのだろうか。
臭……くはないと信じたい。
気まずさか、照れからか、静かに彼女は寝返りを打とうとした。
せめて寝起きの彼女の顔をひと目見たくて、背中に腕を回す。
「おはようございます」
「はよ……」
掠れた彼女の声に心臓が高鳴る。
「ご、ごめん……。甘えすぎた、ね?」
「いえ。ふにゃふにゃしててかわいいです」
「し、知らない……」
「自分のことなのに?」
俺の肌の上で、きゅうっと、小さな手を握り込む。
遠慮がちなこの距離感が俺にはくすぐったくて、つい声を漏らした。
「俺の体温にも、早く慣れてくださいね?」
「んなあっ!?」
からかい気味に出した言葉に、彼女は勢いよく顔を上げて反応した。
普段の凛とした姿とは打って変わった、緩んだ彼女の表情が愛おしい。
俺としてはいつもより幼くてぽやぽやしている彼女と贅沢な微睡みに浸りたいが、彼女のほうはそうもいかないだろう。
はりぼてには違いないが、俺としても格好はつけたかった。
無造作に置かれた眼鏡を手繰り寄せ、体を起こす。
彼女によって色づいた日常。
今度は二度と手放さないと誓う。
当たり前のように彼女と毎日を過ごして、いつか、この控えめな距離をぴったりと埋められるように。
『冒険』
7/10/2025, 11:59:33 PM