NoName

Open App

書く習慣:本日のお題「幸せに」

幸せに暮らして欲しい人とそうでもない人がいる。

幸せに暮らしてほしい筆頭は実家の犬と友人たちで、そうでもない筆頭は駅で遭遇したやべえ男性である。

もう何年も前だが、朝の通勤時間帯に電車を降りる際に私の脳天に思いっきり肘鉄を喰らわせてきた男性がいた。私は特に邪魔な位置に陣取っていたわけでもなく、座席の前に立って吊り革を掴んでいたので何をされたのか把握できていなかった。

突然の頭痛に襲われて電車の床にしゃがみ込んでしまい、「まさかくも膜下出血!?」とパニックになった。親切な人に助け起こされて「後ろを通った男性があなたの頭に肘鉄してましたよ」と教えてもらい、なるほど世の中にはとんでもないやつがいるんだなと震えた。

ぶつかりおじさんというのが知れ渡ってからかなり時間が経ったが脳天に肘鉄という殺意の高さには今でも驚かされる。

現在は在宅勤務となり、通勤電車とかいう魔境から解放されて久しい。朝起きてドアtoドアならぬベッドtoデスクで15分(身支度)である。

彼がどういうつもりで私に肘鉄を喰らわせてきたのかは知らないが、10年くらい経っても彼の悪行を覚えている人間に当たったのは単純に彼の運が悪い。彼はいちいち電車で脳天に肘鉄した女など記憶していないだろうが、私は忘れていないし目撃者もいる。そして私はネットに彼の悪行を晒した。デジタルタトゥーの一丁上がりである。

ディズニーの『ノートルダムの鐘』の1曲目で、ジプシーを殺めた判事に、司祭が「あなたは自分の行いから逃れることはできない」と歌いかける。

この脳天肘鉄男に、私は『ノートルダムの鐘』の司祭と同じことを思う。

この先、彼は何か辛い思いをするたびに、「あんなことをした報いを受けている」と深層心理かなにかでずっと自分を責め続けるのだ。本人が思い出せないだけで、脳みそのどこかにある彼の最後の良心が、10年前の悪行をずっと覚えているのだ。

彼に救いがあればよいと思う。

3/31/2026, 12:34:18 PM