「ベッドを使うか、それともソファにするか」
俺のベッドだとむしろ、イヤかな。と当惑顔で藪さんが言う。
「いやじゃないですけど……。ソファで十分です」
すみませんと、頭を下げる。
手料理をごちそうになっているうち、豪雨に見舞われた。電車も不通になるほどの雨脚だったので、お前さえよければ泊まっていくかと藪さんは言った。
お言葉に甘えることにした。シャワーを浴びさせてもらい、藪さんのTシャツと短パンを借りた。下着は、さすがに替えがないから、身に付けなかった。
藪さんはそんなあたしを直視しないように、簡単にベッドメイクをして「じゃあ、おやすみ」と言って寝室に向かった。
「おやすみなさい」
ざあざあ強まる雨音を聞きながら、あたしは横になった。ブランケットを頭までかぶり、目を閉じる。
ーーでも、眠れない。
当たり前か。仮にも上司のうちに泊まることになってしまったのだ。
上司……。
あたしはもやっと何かが胸にわだかまるのを感じた。間接照明のあかりさえ、気に障る。
窓を打つ雨音は、ひっきりなしにあたしを追い立てる。
「~~ああもう、」
むくりとあたしはベッドから身を起こした。はだしで床に立ち、ぺたぺたと歩いて寝室に向かう。ノックもせずにドアを開けた。
中は暗かった。でも、目は慣れ始めている。あたしはまっすぐベッドに乗り上がり、ブランケットを捲って潜り込んだ。
「お、ーーおい、花畑」
ぎくりと身をこわばらせる。藪さんはパジャマを着ていた。仰向けの彼にあたしはまたがった。
「藪さん、あたしのこと好きですか。それって、ペットを可愛がるみたいな好き、ですか」
雨音にかき消され、自分の声じゃないみたいに聞こえる。
藪さんは、そっと眉をひそめた。身体のどこかが痛むかのように。
でも口は開かない。引き結んだまま。
あたしはゆっくりを身をかがめ、その唇に唇を重ねる。
パジャマの袷に、手を滑らせる。
あたしもあなたのことを好きなのかどうかわからない。だから、こうするしかない。
こうやって、確かめるしかーー
あたしたちの影が重なる。藪さんは目を閉じ、あたしに任せた。
母親の腕に抱かれる子供のように。素直に、雨音とともにあたしの肌に包まれていった。
#子供のように
「やぶと花畑6」
10/13/2024, 10:47:52 AM