せっかくデートの約束を取りつけられたと思ったのに、外はあいにくの雨模様。
夏もすっかり勢力を落とし始め、日が照っていないと肌寒く感じるほど気温が落ち着いてきた。
季節の変わり目は体調も崩しやすい。
彼女に風邪を引かせるわけにもいかず、泣く泣く出かけることを諦めた。
どうせ外に出歩けないのなら、彼女の涙腺強度を知りたい。
そんなクソみたいな下心を持って、彼女の家に押しかけたバチが当たってしまったのだろうか。
彼女を泣かすどころか、俺が泣かされそうになっていた。
映画に。
俺にとって、この映画を見るのは5回目だ。
見ているのは動物と人との関係性を描いた作品。
動物による無償の愛や健気さでわかりやすく「ここが泣くところですよ」と演出されていた。
何度見ても同じところで泣けてしまう。
あ、やばい。
本当に泣くかも。
5回も泣かされるとか恥でしかない。
そろそろ耐性がついていてもよさそうなのに。
胸中で悪態をついてごまかそうとしてみたが、自分の感受性ばかりはコントロールできそうになかった。
「すみません、お手洗いお借りします。俺、何回か見ているんでそのまま進めてていいです」
声を震わせないように意識しすぎたせいか、早口になる。
あー……、クソ。
ホントにダサすぎるっ。
しかし、吐き出したあとの言葉に対して、今さらどうこうしようがなかった。
言葉の勢いのままソファから立ち上がる。
「泣きたいなら泣きなよ」
テレビに視線を向けたままの彼女に、俺の痩せ我慢はあっさりと暴かれる。
「……」
他人に興味を持たないクセして人のことはよく見ていた。
人の感情に興味を持たない割りに、相手の感情を逆手に取ることには長けている。
「別に、我慢することでもないと思うし……」
彼女の琴線は微動だにしていなかった。
場面を止めるわけでもなく彼女は立ち上がり、棚の上に置いていたティッシュ箱をローテーブルの上に置く。
「まだ泣いてません」
「なんの強がりだよ?」
用意してくれたティッシュに罪はなかった。
鼻をかむ俺の様子にあきれたのか、彼女は肩をすくめる。
「泣いたってバカになんてしないのに」
「意外ですね? そういう空気は苦手だと思ってました」
「他人ならね」
「え……」
彼女を口説き続けて約3年。
だが、恋人期間としてはまだふた月も経っていなかった。
背筋を伸ばしてお行儀よく座って隙を見せない一方で、彼女の警戒心が上がっていないことに納得がいく。
彼女は俺を彼女の内側に入れてくれていたのだ。
過剰に気をつかうわけでもなく。
無責任に感情に触れるわけでもなく。
ただ側にいることを、ほかでもない彼女が望んでくれている。
たまらず彼女を抱きしめてしまった。
「ほあっ!? ちょ、待って。こ、この体勢、は……苦し……っ」
横から彼女の頭を抱き込んだせいか、苦しくさせてしまったらしい。
彼女を抱きしめるための位置や力加減に、早く慣れたいと思った。
「……でも、ダサくないですか? 自分で勧めた映画で泣くとか」
腕を緩めればモゾモゾと彼女が腕の中から出てくる。
少し乱れた前髪が、隠れていた額をあらわにした。
晴れやかな笑みに呼吸が止まる。
「泣くほど好きな作品を教えてくれたのはちょっと意外だったから、うれしいよ?」
……は?
「手、繋いでもいいですか?」
涙なんて一瞬で引いたし、映画どころではなくなった。
いや、映画は見てくれてていいのだが、とにかく彼女にくっついていたい。
俺の感情の起伏についていけない彼女がワタワタと慌て始めた。
「さ、さっきから、急にっ!? きょ、距離感、どどっ、ど、したのっ!?」
「早く俺との距離に慣れてもらおうかなと。そんな気分になりました。ダメですか?」
「だ、ダメ……とかじゃないけど……」
伏せ目がちに唇を尖らせて言い淀むから、つい余計な下心まで芽生えてしまう。
「けど?」
ほんの少しだけ追いつめたら、ツンとそっぽを向かれた。
「……なんでもないっ! んっ!」
それでも勢いよく差し出してくれた小さな右手に、俺の右手を重ねた。
肩が重なって密着度が増す。
左手を腰に回したら、彼女の体が大袈裟なくらい派手に跳ねた。
「そんなに驚かなくても」
「だ、だって……」
パニックになっているのか、顔を真っ赤にさせている。
言葉にならない声をはくはくと力なく押し出し、目元を潤ませていた。
映画では微動だにしないクセに、俺にはこんなふうに動揺してくれるのか。
「かわいいですね」
「そ、そっちはいきなりかわいげがなくなった!」
「ちょっと。かわいいかわいい年下の彼氏になんてこと言うんですか」
彼女は鬱々とした心を晴れやかな気分にさせてくれる。
虹のふもとがあるとすればここなのだろうと、俺はそう確信した。
『虹の架け橋🌈』
9/21/2025, 4:59:55 PM