【いつまでも降り止まない、雨】
重たい鉛色の空から、パラパラと雨がこぼれ落ちていた。廃ビルの屋上で一人、ぼんやりとそれを見上げる。
君と二人で逃げ込んだこのビルも、周囲の開発でついに取り壊しになるらしい。生まれ育った田舎町を勢いのままに飛び出して、だけど行く当てなんて何もなくて、大都会の片隅の薄汚れた無人の廃墟で身を寄せ合った。僕たちの第二の人生は、この場所から始まったんだ。
辛いこともたくさんあった。苦しいこともたくさんあった。だけどそれでも、君と一緒だったからそれだけで幸せだった。そんな優しい思い出だった。
(でももう、それすらも辿れなくなる)
この場所が壊されてしまえば、僕に君とのよすがは残らない。携帯電話なんて持っていなかったから、写真の一枚すらも撮らなかった。ずっと一緒にいるんだから写真なんてなくても困ることはないって思い込んでいた。
……転がっていくサッカーボール。それを追って道路に飛び出した子供と、けたたましいクラクションの音。子供を庇おうとした君の身体から溢れる真っ赤な血の色。僕の記憶に焼きついた君との思い出は全てあの凄惨な光景に上書きされてしまって、借りたアパートの自室ではいつも息苦しくて仕方がない。それでもこの廃ビルに来たときだけは、君との幸福な日常を思い出して息をすることができたのに。
打ちつける雨粒が僕の頬をしとどに濡らす。コンクリートの床は乾いているのに、何故か僕の頭上から降る雨だけが止まないままだった。
5/25/2023, 11:56:28 AM