「病室」
あとどのくらい生きられるのだろうか?
病室の窓から見えるオレンジ色の空を眺めながら、僕は息をはいた。
そんなに長くないことは分かっているし、妻や息子は僕を悲しませまいと明るく振る舞っているのが、とてもツラい。いっそ、この悲しみを早く終わらせてしまいたい気持ちになる。
コンコン
病室の扉を叩く音とともに、懐かしい香りが鼻をついた。
「やっほー久しぶり!」
黄色ガーベラの花束からひょっこり顔を出した1人の女性。その変わらない風貌にすぐに気がついた。
「奈緒子じゃないか!どうしてここに?」
「飲みに行きたいなと思って連絡しても、スマホは繋がらないから家に行ったらここにいるって聞いて。元気そうじゃん!」
「おいおい…変わらないな、奈緒子も」
見るからに元気ないのは分かってるはずだけど、こういう感じが彼女らしくて、微笑ましかった。
花瓶にガーベラを生けて10数年ぶりに、思い出話しに花が咲いた。あの頃は…僕も編集者としてバリバリ働いてて同僚の彼女とも、たびたび衝突したけど充実してたよな。それよりなにより彼女は…奈緒子は
「どうしたの?狐につままれたような顔して」
フフっと笑う
「え?いや、奈緒子があまりにも変わらないから歳とってないんじゃないかと思ってさ(笑)」
「何言ってんの(笑)」
笑ってる奈緒子がキラキラと輝いていた。
窓から風が入りカーテンが揺れる。久しぶりにたくさんはなして笑って体力を使ったからか、疲れて眠くなっていた。目の前が白くなり奈緒子の声が遠のいていった…
目を開けると、眼下にはベッドに横たわった僕と、泣き崩れている妻と息子が立っていた。医者が何やら説明している。
僕は死んだのだ
「これからもよろしくね」
「え?」
声のするほうを見ると、奈緒子が立っていた。
僕は驚愕した。
「まさか…奈緒子は」
「そう、そのまさか。私は10年前に交通事故で死んだのよ」
元々若々しいが、彼女の風貌が変わらないのはそのためだった。
黄色いガーベラの香りがする
僕は奈緒子の手をとった
~完~
絵里
8/3/2023, 9:05:23 AM