いつの頃からか、物事を俯瞰で見る癖が付いていた。私は両親を事故で亡くして、小学校の途中から施設に入った。環境が一気に変化して、知らない大人の顔色を見ながら過ごす生活が続き、自分がどう見られているかに敏感になったのだ。自分は学校の友達とは違う境遇にいて、そのことで周囲から特別な存在と見做されている。そんな感覚を持つようになった。特別な存在……どちらかというと「異質な存在」か。
だからこそ施設には同じような境遇の子どもたちが集められているんだろうと勝手に解釈している。年齢はバラバラだけど、何らかの理由で親がいない子どもたち。その共通項だけで緩やかな家族を形成している。
でもそれは内側の共同意識を高めはするものの、外側から見れば異質性を強調する装置にもなっていた。
「ナオちゃん、一緒に遊ぼ!」
「今日、ミナポンの家でパーティーするの。ナオちゃんも来て。……お菓子はみんなで用意するから」
外の友達ができなかったわけじゃない。友達のお家にお呼ばれしたこともある。いじめられた記憶もない。だけどみんな私の境遇を知っていて、どこかで気を遣ったり遠慮したりしていた。それはみんなのやさしい配慮だったはずだけど、私にとってそれは、かつてみんなと同じだった私が、いまはみんなと同じではないことの証明だった。
やさしくしないで。
私は心の中で強く叫び、その度にそんなことを感じる自分はやさしくない人間だと自分を傷つけていた。
高校を卒業したら施設を出なければいけない。私はその日が来るずっと前から、大学に入ったら一人で生きていこうと決めていた。小さな商社に就職してからも、とにかく一人で生活を続けていくことだけを考えていた。オシャレへのこだわりもなく、趣味もなく、ただ小説や連続ドラマだけを楽しみに生きていた。無事に生き続けることだけを目指していた。そこには両親への親孝行のような気持ちも少しはあるのかもしれない。
気がついたら30歳になっていた。30代になるとただ生きていくのも難しいと痛感させられる。仕事だけの日々では体力も落ちる年齢だ。私は健康を維持するためにジムに通うようになった。
「はーい、ラスト15回オッケーです。お疲れ様でしたー」
トレーナーに促されてレッグプレスから体を起こす。先週より5キロ重い設定をクリアできた。
「ありがとうございました」
汗を拭きながら更衣室へと向かう。怠けずに取り組み続ければ成果が出る筋力トレーニングは、自分に合っている趣味かもしれない。
「きゃっ!」
更衣室のベンチに腰を下ろしていたら、いきなり後ろから肩のあたりを掴まれた。
「ごめんなさい! 足がふらふらで……。お姉さん大丈夫ですか?」
派手な髪色の女性が私に寄りかかっていた。バランスを崩して倒れ込んだらしい。
「私は大丈夫です。そちらこそ大丈夫ですか?」
私が言うと、彼女は両足を思いっきり投げ出して、ベンチに大の字に寝転んだ。
「もうムリ〜! マシンは全然動かせないし、走ったら心臓バクバクで足も痛いし、せっかくお金払って入ったのに何にもできない! もうやめたい〜!」
彼女は人目も気にせず駄々っ子のように気持ちを叫び始めた。そこまで聞いてないですよと思ったが、同時に自分のダメな部分をここまでさらけ出せるのはすごいなと驚いた。
「ジムに来るの初めてだったんですか?」
「そうです。今日初めて来たんです。でも一番軽いやつでも一回も上がらなくて、なんかトレーナーさんに申し訳ないし恥ずかしいし」
半べその声でまくし立ててくる。
「初めてならそんなもんですよ。続けられればできるようになります」
「本当ですか? お姉さんはどのくらい通ってるの? 最初はどうだった?」
途中から敬語がはがれている。たぶんこれが通常営業なんだろうな。
「もう2ヶ月は経つかな。いまは15キロは上げてますよ」
「本当? 私もできるかな」
彼女の顔がぱあっと明るくなる。なんて表情が豊かな子だろう。
「あ、でも私の場合、最初から5キロは上げられましたけど……」
私がそう言うと彼女は顔が曇って唇を尖らせた。
「ほらー。やっぱりそうじゃん」
今度は勝手にすね始める。
「そうだ! 私、カナデって言います。お姉さんまた来るでしょ。一人じゃ続けられないから。一緒に筋トレやりましょうよ!」
ものすごいスピードで距離を詰められて面食らってしまったが、見事な甘えっぷりに施設のチビたちを思い出した。
「ナオです。でもサボってたら置いてっちゃいますよ」
「やだー。も〜トレーナーさんも厳しいし〜。もっと私にやさしくして〜!」
その子の屈託のない反応に、失礼かなと思いながらも私は声を出して笑ってしまった。「やさしくして」と叫ぶこの女の子のことを、私はもう放っておけなくなっていた。
2/4/2025, 2:37:35 AM