マクラ

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『後悔』

私は、後悔した。

「頑張れ、もう少しだぞ」
「はぁ……はぁ……」

息が上がって、言葉を返す気力もない。
ただ、目の前の道を一歩一歩足を動かすしか出来ない。
私は後悔していた。
やっぱりさっきの分かれ道、頂上まで最短コースのこっちじゃなくてちょっと回り道だけど傾斜の楽な道に
すれば良かった。

「ちょっと休もうか」
「ん……」

座れそうな大きな岩に寄りかかって水を飲む。
少しだけ、息が整った。
足はもう棒のようだけど。
そもそも山登り初心者なのに、見栄をはって中級者向けコースなど選んだ自分が憎らしい。
大人しく初心者向けのもっと低い山にしておけば良かったのに。

「おーい、大丈夫かー?」
「うん、ちょっと回復した」

そしてまた歩き出す。
私の前を軽い足取りで歩く、余裕そうなアイツが恨めしい。
そもそもアイツが山登りなんて誘ってくるのが悪い。
なんでデートで登山なんて選ぶのよ。
そしてなんで私もOKしちゃったのか。
いくらアイツの顔に弱くても、断るとこはしっかり断るべきだった。
というか、アイツはお荷物な私と一緒で楽しいのか。
こんなに歩けないとは思わなかった、自分のペースで歩けなくてツライとか、それがもとで嫌われちゃったらどうしよう。
ちょっと視界が滲んできたけれど、汗を拭うふりしてなかったことにした。

「もうちょっとだからな、あと一息だ」
「……はぁ……はぁ」

振り向いて笑顔を見せるアイツへ、言葉の変わりに頷きを返す。
そもそもインドア趣味の私と、アウトドア趣味のアイツが付き合うのも無理があったんだ、きっと。
告白されて浮かれて、深く考えずにOKしなければ良かった。
あの笑顔を時々見れる、友だちのままの方が良かったのかもしれない。

「ついたぞー」
「……あ」

眼下に広がる優大な景色。
私のちっぽけな悩みなんて、吹き飛んでしまうくらいの感動だ。

「この景色、見せたくてさ」

アイツが照れながら言う。
確かにきっと私一人で生きてたら、見ることのなかった景色だろう。

「ありがと……」
「おぅ」

ここまで連れてきてくれたこと、私を選んでくれたこと。
全部にお礼を言いたい。

「さて昼飯食って、下山のエネルギー補給だ」
「えー……」

そうだった。
登ったら降りなきゃいけないんだった。
今まで登ってきた道が頭の中を巡る。
私は、後悔した。

5/15/2024, 1:49:36 PM