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 至って普段と変わらない。
 繁忙期の最中で癒しの休日だったあの日。私は溜まった家事もそこそこに、街へ繰り出した。普段は朝晩にしか外へ出歩かないから何を着て行くか、服装に困った。結局通勤で着ているコートを羽織って外へ出た。日中は冷たい空気の中に、日の暖かさを感じられるようになっていた。春はもう直ぐ迫っていた。
 平日の仕事疲れを多少引きずりながらも、外に出たのには訳がある。私が大好きなアイドルが、最近公開されたばかりの映画に出演しているのだ。しかも私の推しは主演の探偵役で、相棒役は旧知の仲の実力派俳優。息の合ったコンビネーションが見られるのではと、期待せずにはいられない。逸る気持ちで映画館へ向かった。


 最高だった。その一言に尽きる。
 私は心ここに在らずなまま、映画館を後にした。足を動かしながら、頭では先ほど観た映画のことでいっぱいだった。
 まさかアクションシーンがあるとは知らなかったから、推しのカッコいい姿をふんだんに見られて感激した。それだけではない。息の合ったコンビネーションは、映画の至る所に散りばめられていた。二人の行動、言葉、仕草。少し間違えれば尾を引きそうなシーンを、あっさりこなしてしまい、さらにアドリブだろうセリフの応酬まであった。さすが推しと推しの友人さん、素晴らしい。
 頭であれこれ考えていたが、少し整理したい。ついでに糖分を頭に入れたい。この横断歩道を渡った先に、確か新しくオープンしたばかりのカフェがあったはず。そこへ行こう。
 信号が青になった。大勢の人の波に流されるように、歩き始めた。
 ふと、向こう側から歩いてくる人と目が合った。カラコンでも入れているのか、吸い込まれるようなヘーゼルの瞳がこちらを見つめていた。周りでは見かけない瞳の色だからだろう、今でも印象に残っている。ほんの一瞬、ほんの数秒の出来事だった。そのあとは何事もなくすれ違い、気がつけば横断歩道を渡り切っていた。

 今思えば、この時から私の日常は崩れ始めたのかもしれない。


『平穏な日常』
(嵐の前の静けさ)

3/11/2024, 2:28:27 PM