『夢の断片』
「なぁ、夢の断片って食べたことあるか?」
「…………は?」
そんな、外国の菓子のエッグタルト食べたことあるか? みたいに、聞かれても……唐突すぎて、一文字しか返せなかった。
「ゆ、夢の断片って、なんだよ……アレか? 新しく出たコンビニスイーツの商品名か? 好きだよな、お前。コンビニスイーツ」
「いや、違うよ。夢の断片はコンビニスイーツじゃなくて、もっと違うやつ」
揶揄いながら聞くと、笑いもせずに真っ直ぐな視線が返ってきて、茶化した筈のこちらがビクリと身をすくませて背筋を正すことになった。え、普通に怖い。コイツ、こんなヤツだったっけ??
「もっと違う……とは?」
「最近SNSで密かに噂になってんだよ……諦めた夢をお菓子にするんだって」
「??? なんだ、それ。どうせ、良くある企業の嘘っぱちだろ?」
僕が呆れたように肩を竦めて鼻で笑うも、アイツは真っ直ぐと真剣な顔でスマホの画面を両手で強く持って眺めていた。
「お、おい……なぁ、やめろよ。怪しいじゃんか。そんなの」
「あのさ……俺が、ミュージシャンになりたいの、知ってるよな?」
そんな親友の一言に、僕は固唾を飲んだ。
……痛いぐらい、知ってたからだ。
「お、お前の夢だろ! 俺だって、ずっとずっと応援してる!! 絶対にいつか叶うって! 諦めんなよ! なぁ……」
「……いつかって、“何時だ”?」
必死に取りすがるも、ハイライトを失った瞳を向けられて、ゾクリと背筋が強張った。
僕は金魚のように口を開閉するだけで、言葉は何も音にならない。
そうして時計の秒針のみが、カチカチと音を立てて進む間に、アイツは口を開く。
「もう、ずっと、だ。ずっと夢に向かって頑張ってきた。両親にも、幼馴染のお前にも。だけど、もう……ここらが諦め時だと思う」
「そんな!!」
僕は固くぎゅっと手を握りしめて、歯を食いしばった。
「僕はお前じゃない。だから、お前の辛さなんて少しも理解出来ないだろう……でも、でも!! いや、だよ。僕は」
「え……」
ぼろぼろと涙が溢れて止まらない僕の様子に、驚いたようにアイツは目を見開いて僕の方を向いた。
あぁ、ようやく目が合った。ハイライトのある、いつものアイツの姿に、僕はどこか安心して、にへらと笑う。
「お前がずっと夢を追い続けたように、僕もお前の夢をずっと応援し続けて来たんだよ……お願いだよ、あとちょっと。ちょっとだけで良い……頑張ってみない? それで駄目なら、僕も……諦めるから」
「…………そうだよな。頑張ってるのって、俺だけじゃないよな……分かった。お前が応援してくれるなら、もうちょっとだけ、頑張ってみるよ」
そう言って太陽のような笑顔になったアイツ。
つられて僕もニカリと歯を見せて笑った。
○○○
あぁ、良かった。
全部無駄になるところだった。
一人。
内心、僕はほくそ笑む。
にしても、アイツが“夢の断片”の話をしてきたときは焦ったなぁ。
まさか……“僕が作成者”とは気づかれていないと思うけど。
早く、もっと“夢の断片”を作らなきゃ!
……この夢の断片は、歌手を目指していたけど諦めた人達の才能で出来ている。もっと言うと、夢の断片は思い出に浸るだけのお菓子だ。そして、夢をさっぱり諦められるように出来ている。そして、思い出と一緒に抽出した才能。
これこそが、僕の目的だった。
僕は、ずっとずっとずっと……アイツが、ミュージシャンを目指すっていう前から、応援し続けてたんだ。
だから、この夢だけは、絶対に断片になんてさせない。
叶えてみせる。……何を、誰を犠牲にしても。
「そうだ。はい、これ。いつものドリンク」
「お、ありがとな。お前のドリンク飲んだ後は、自分が歌上手くなったように感じるよ。何入ってんの?」
「普通のだよ。季節の果物と、お前が風邪ひかないように砕いた野菜と、喉に良い蜂蜜とか、ね」
「あー、だから毎回味とか違うんだ。ま、ありがとうな!!」
「良いんだよ。僕だって、お前の夢を……応援してるんだから、ね」
おわり
11/22/2025, 3:58:47 AM