薄墨

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いつもの放課後。
僕はホームルームが終わって、すぐ、美術室に向かう。

美術室には1つの人影。
夕焼けに照らされて、君が、絵を描いている。

君は、開いた扉に目もくれず、一心不乱にキャンバスへ向き合う。
カーテンの開け放たれた窓に差し込む夕日で、君と椅子とキャンバスは、ひとつのシルエットとして浮かび上がる。

紅い夕日と黒くくっきりと目立つシルエットは、まるで精巧な切り絵のようで、僕はいつもその美しさに立ち尽くす。

…なんで君はいつもそんなに早く、美術室に来ているんだろうか。
芸術作品で食っていけるほど上手くなるため、表現の幅を広げるため、努力するため…当然だ。頭では分かっているが、僕の頭はいつもそれをすんなりと受け入れてくれない。

僕は黙って君の隣に腰掛け、キャンバスに掛けた布を取る。
僕の描いた、描きかけの、変わり映えのしない、絵が現れる。次のコンクールに出す水彩画の下絵。

僕は鉛筆を削る。削りながら、思わず僕の目は、横の君の絵を覗いてしまう。

君は、人間の横顔をスケッチしている。見本は置いていないみたいだから、記憶を頼りに描いているのだろう。
良いスケッチだ。精巧で正確。モデルをそのまま二次元に表現した、自然で優等生な、スケッチ。

かといって、飽きることはない。
なぜなら、構図が非凡だからだ。描き手とモデルの関係性をそれとなく感じさせる、斜め下からの構図。
才能だ。君は紛れもなく、天才だ。
僕は思わず、君の顔に視線を上げる。

君は僕なんて視界に入っていないようで、真剣に真っ直ぐ、キャンバスに向き、鉛筆を走らせている。
真っ直ぐで、真剣で、純粋な美しい眼。
僕は、そんな君の目を見つめると、泣きたくなる。

僕は自分の絵に向き合う。
君のとは違う、僕の絵。
バースは平凡。構図も君のほど面白くない。一見、自然に見えるが、ところどころ、どう見ても違和感がある描画もある。

僕はぼんやりと自分の絵を見つめる。
いつかの君の声が、頭の中をゆっくり回る。
「私ね、彫刻家になるのが夢なの!…これ、みんなには内緒ね?」
「これ言うとみんな変な顔するの。やっぱり、みんなの身近にあるのは絵だし、みんなが目指すのも、イラストレーターとか、そんなのでしょ?彫刻はあんまり身近じゃなくて、お金もかかるし、仕事にしても需要確保するの、難しそうに見えるでしょ?だからよく言われるんだ。そんなに絵が描けるのに、彫刻じゃもったいないって!」
「だから、私、彫刻はね、家でやるんだ。でも学校の時間も捨てがたい…だからね、部活では、モノをよく見るためにスケッチや絵を頑張ってみることにしたんだ!それで、その感覚を、彫刻に活かす!」
「…みんなには内緒ね。この学校の美術部で、一番マジな、私と君だけの、秘密。」

君と僕は、毎日、ここで2人きりで絵を描く。
そんな日が続いたある日、君が打ち明けてくれた、会話。僕と君はあの日、それぞれの夢を語り合った。

でも僕は最近、それを思い出すと苦しくなる。
僕は、絵で勝負する、画家になりたいのだから。
どうして、君に絵で勝てないのだろう。

君の目を見つめると、泣きたくなる。

君はどうして、そんな優しい、真剣な目で、そんなスケッチを描くのだろうか。
なんで、僕の横顔なんて。

今日も、僕は、続きを描けない。
鉛筆を動かすことも、絵に向き合うことも出来ずに、僕は、君の目をぼんやり見つめる。
…君の目を見つめると、泣きたくなる。

僕の描いた絵の中の君は、相変わらず、どこか他人に見えてしまう。
……絵の中の、君の目を見つめる。
僕の腕は、まだ動かない。

4/6/2024, 1:48:07 PM