シューニャ

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いつまでも捨てられないもの

あの日、自分に負けたこと。
そうでない自分を得るために、負けた自分を捨てないといけないように思う。
けれど、負けた自分は自分そのもののような気もする。そんなふうに感じてしまうと、自分が自分を捨てるだなんて、客体と主体がこんがらがってしまって思うようにいかない。
捨てるというのは、能動的な行為で、葛藤が伴う。
葛藤の中、自分と喧嘩して、でもやっぱり逃げ帰ってしまう。だから捨てられない。

ものは失くすというのは、受動的だから似てるようで捨てるのとは全く違う。

捨てられなかったものを失くしてしまえたなら、楽なのになと思う。

失くしたことも気付かないようなら、自然と手放すことはできるかもしれない。そんな期待は甘いだろうか。

もし、なおも自分から捨てることができるとすれば、それは「あぁ、手を離したっていいんだ」と思えたとき。つまり、力が抜けて手放せたときかもしれない。

捨てられないと思った自分を、手放してあげたなら、自分と和解した自分は軽やかに動きだすだろうか。それを許しと呼ぶのかもしれない。


8/17/2022, 2:58:58 PM