光合成

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『物語の始まり』

4月、新年度の始まり。
入学式、入社式、新たな出会いの季節。

桜がはらはらと散り、薄水色の空に舞う。
なんとも穏やかで眠気を誘う昼下がりに、野良猫があくびをしている。
ふわりと前髪を揺らす風にはどこか新しい環境への緊張や不安が混ざり込んだ香りがする。

明日誕生を迎える私は今、学校の屋上から片足を差し出している。
入学してから1週間が経って知ったのは、ドキドキワクワク憧れの高校生、なんてものは私の幻想に過ぎなかったということだった。

理由なんて特にない。

滑り止めの高校に入学することになったこと。
新しいクラスに馴染めなかったこと。
話しかけようとして上手く声が出なかったこと。
自己紹介で何度もつっかかったこと。
流行りのドラマやメイクの話に乗れなかったこと。
好きなグループのボーカルが死んだこと。
親から殴られることが増えたこと。
寝不足な日が続いたこと。

それらがどんどん積み重なって、ゆっくりと歯車が噛み合わなくなるように、思考がまとまらない日が増えた。

どこかで読んだ本の一説を思い出す。
「私たちの物語はこれから始まる。何かを決意した瞬間にそれがあなたにとってのスタート地点となる。」
みんな未来に向かって真っ直ぐに歩き始めた中、私だけが歩けなくなっていた。
何も見えなくて、金縛りにあったかのように体が動かなくて、私だけが世界に置いて行かれたようだった。

でもきっと本当は私も新たな物語のスタート地点に立っているのだろう。
この人生を終わらせることを決意したのだから。
屋上のフェンスが私のスタート地点だ。
これを乗り越えて私は、私の物語を始めようと思う。


2025.04.18
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4/18/2025, 1:51:30 PM