「個人的にさ。『連載は日常ネタ職場ネタとかが長く続けやすい』と思ってたのよ。生活してるだけでゴロゴロその辺にネタが転がってると思ってたから」
3月11日のお題が「平穏な日常」だったわ。某所在住物書きは過去の投稿を辿り、当時を懐かしんだ。
今回は「日常」2文字。言葉を付け足せば、非日常も、日常の脆さも書けるだろう。
「実際書いてみるとほぼ砂金探しなのな。
生活して仕事して、その中にハナシのネタは川の砂ほど有るんだろうけど、じゃあ、実際にネタの砂をふるいにかけて、そこに『コレ投稿したい!』と納得できるハナシの砂金は、何粒残りますか、っていう。
なんなら、眼の前に明確に書ける砂金が有っても、絶対何割か見落としちゃってますよねっていう」
まぁ、だからなに、ってハナシだが。「多分それお前だけだよ」って言われても反論できねぇし。
物書きはため息を吐き、天井を見上げる。
――――――
私の理想の日常。
気圧にも自律神経にも、ホルモンバランスにも振り回されず、朝は気持ちよく起きる。
身体は倦怠感無く動いて、朝はマーマレードトーストにとろとろチーズをのっけやつとか、余りがちのイチゴジャム溶かした自家製イチゴミルク、あるいはイチゴヨーグルトとか。
日曜日は朝を食べる前に、呟きックスで自分のズボラをポスって起床報告して、
それでも、誰も荒らさないし、ゾンビも湧かない。
ただごはん画像付きのリプと挨拶が飛んできて、
推しカプ・推しキャラの概念BGMを静かに聴きながら、カリカリのマーチートーストをかじる。
『今日の正午付近、空いているか』
個人チャットに、長い付き合いな職場の先輩から、メッセが届いて、私は少し気だるくそれを見る。
『私の行きつけの例の茶葉屋、得意先専用の飲食スペースで、新作メニュー試食会がある
お前の好きな肉系も提供予定だ。ついてこないか』
晴れの日光が天井のシーリングライトと一緒に朝のテーブルを照らして、
私は、気圧も自律神経も、ホルモンバランスにも振り回されてないから、ただ自分の「食べたい」の素直だけに従って、わざと数分待って返事をする。
『考えとく』
これが私の理想の日常。
これが私の、理想の日曜日の休日の、朝。
なお本日ガッツリざーざー降りのジメジメです。
おかげで倦怠感ハーフマックスです。
現実ってきびしい(だって梅雨)
――「しゃーないよ」
なんだかんだありまして、気がつけば正午過ぎ。
同じ支店で仕事してる付烏月さん、ツウキさんから、『ジャムの賞味期限が再来月だから、消費するの手伝って』ってデザート付きランチの誘いが来た。
「事実として、気圧に敏感なひと、少なくないし。そーいうひと、自律神経も振り回されやすいし」
しゃーない、しゃーない。
付烏月さんはキレイなサファイア色したジャムを炭酸水に溶かして、コップのフチにレモンをくっつけて、私に出してくれた。
「それ知ってるからこそ、附子山、もとい藤森も後輩ちゃんを気にかけてるんでしょ。俺のことも、必要なら遠慮なく頼れば良いよ」
「真っ青。バタフライピー?」
「そそ。バタフライピーとリンゴのジャム。青って珍しいから買ってみたんだけど、青だから、なかなか使い道が思いつかなくって」
「付烏月さんでも、お菓子作りで悩むの……?」
「あのね。俺のお菓子作り、日常的な趣味なの。非日常的なプロじゃないの。おけ?」
「のん。のん……」
付烏月さんから受け取った涼しい涼しいサファイアサイダーに、ジメジメを吹き払うレモンを絞れば、上から下にアメジストが降りていく。
湿度と気圧と倦怠感を、ダルくて少し不快な日常を、「自家製のバタフライピーサイダー」っていう非日常が、良さげに中和していく。
「一応ね。お気に入りのチーズケーキ屋さんが、コレ教えてくれたの」
付烏月さんが冷蔵庫からひとつ、お皿を取り出して持ってきて、私の前に置いた。
青と紫の透明なキューブジュレが乗っかったレアチーズケーキは、まるで梅雨の中の濡れたアジサイ。
非日常的なサプライズ。特別感満載のそれは確実に、私の心を良さげに整えてくれた。
「ここまでで、やっとジャム、残り半分なの」
付烏月さんが言った。
「さすがにさ、このチーズケーキとサイダーばっかりじゃ、リピートし続けるの無理でしょ」
「先輩と宇曽野主任呼ぼうよ」
「宇曽野さんは家族サービス中で、藤森は自室で地獄の在宅ワーク消化真っ最中。ムリ」
「嘘でしょ。うそでしょ……」
6/23/2024, 3:35:44 AM