「誰にも言えない秘密があるの」
君はそう言った。
街灯が一つだけの、真っ暗な公園。僕の隣のブランコに座る君は独り言のように呟いた。
「…言えない、秘密?言わないじゃなくて?」
僕はしょっちゅうこの公園で遅くまで居るけど、君が来るのは今日が初めてだ。
それと関係していることなのかと一瞬思ったが、考えてもわからないことだから諦めた。
「言えないの。」
君はいつもとは比べ物にならないほど弱々しい声で言う。
教室で、僕と君が話すことはほとんどない。
君は華やかで、しっかりもので、勉強も運動も気配りもできて、でもそれを鼻にかけたりしない。
それに対して僕は、いつも暗くて、優柔不断で、勉強も運動も気配りも上手くできなくて、頼りない人間だ。
自然にじゃなくとも話す機会なんてほぼないだろう。
そう、こわいくらいに完璧な君が夜遊びをしてるなんてそれこそ信じられなかった。
「…秘密って?」
僕は、聞くべきじゃないとわかっているのに聞いてしまった。
言えない秘密があるのなら、それは僕になんて言ってくれるはずがないのに。
「………疲れたの」
取り消そうとした僕より先に、君は囁くような声で言った。
「…つかれた?」
笑顔しか見たことのない君が笑っていないことにやっと気づいて、言葉の理解に数秒かかった。
「……誰にも言わないでくれる?」
「…もちろん。」
静かに、君は語りだした。
「……………疲れたの。…勉強を押し付けてくる親も先生も、圧力をかけてくる塾の講師も、上っ面だけで何も見てくれない友達も…全部。」
僕は「疲れた」の中に、いつも楽しく笑い合っている君の友達すら含まれていることに少し驚いたけれど、何も話さず黙って聞いた。
「良い人のフリをするのも、作り笑顔を貼り付けるのも…全部、疲れた。」
君は少しだけブランコを揺らしながら、それきり黙った。
僕は頭の中で何か必死に考えていて、でもそれは何も考えていないのと同じくらい深いところで思考した。
そして数分経って、口を開いた。
「……いいんじゃないかな。」
君はなにを?と呟いて顔を僕に向ける。
「…良い人でいなくても。……反抗期くらいしたっていいよ。友達とも、無理につるまなくていい。正直、君の笑顔ちょっと胡散臭いし。」
君は怪訝な顔をしたあと、ぷっと吹き出した。
「…馬鹿だなあ。君のほうがよっぽど笑顔下手くそだよ。」
言い返されるとは思わなくて、少し面食らう。
「……反抗はしない。友達ともつるむ。」
君は僕のなけなしの提案とは真反対のことを行った。
やっぱ僕はろくなこと言えないなと目を伏せた次の瞬間、君はブランコから立ち上がった。
「でも」
ザッザッと砂を歩いた君は僕のブランコのチェーンを掴む。
顔と顔との距離が、5cm。
「…たまにここに、会いに来ても良い?」
君が物凄く切なそうな、懇願するような声を出すから。
僕は反射と言っていいほど早く、うなずいた。
「うん。いいよ、来て。」
君は何か言いかけたあと、チェーンから手を離す。
「…分かった!」
初めて君に、清廉な笑顔を向けられた。
6/5/2024, 12:30:40 PM