分かってた。全部分かってた。
微笑みながら消えていく彼女に手を伸ばす。その手は空を切って、何もいない夜の下で1人僕は佇んだ。
「……ゆうれい」
「ほんとに私の事見えるんですね?!わぁー!」
小さい背丈でぴょんぴょん飛び跳ねながら僕の手を握る彼女。いや、握ろうとしているがそんなスケスケの手で握れるわけが無い。握るフリを一生懸命する彼女。
「一緒に夏をすごしてください!二度とないチャンスなんです!!」
30分程ずっとまとわりつかれ頼まれ続け、折れたのは僕だった。夏休みの期間だけ、一緒に過ごす。成仏のお手伝い。
スイーツを食べに行った。買い物に行った。カラオケに行った。プールに行った。夏祭りも行った。
「あーんするふり!お願いします!」
「はぁ……はい、あー」
「あー!」
周りから見ると一人で喋ってるヤベェやつなので、陰に隠れてひそひそ話す。チョコバナナを口に突っ込む仕草をしてやれば嬉しそうに笑った。
「……私が居なくなった日も、こんな感じになるはずだったんですよ」
「……ふーん」
今まで一度も話し出さなかった、生きてた頃の話。彼女はぼんやり夜の空を見上げながらぽつぽつと話し出した。
「彼氏だった人と、祭りをまわって、一緒に花火を見て、帰る予定でした」
「……うん」
「彼氏さんが遅れるって言うから、待ってたんです」
「……」
「そしたら、複数人の男の人に囲まれて気付いた時には裸のまま、ぐしょぐしょのままその辺に捨てられてました」
「……」
「動く気力もなくて、目を瞑ったら、スケスケになってたんです」
「……」
「あー死んだんだって、すぐ分かりました。前の彼氏さんにそっくりな貴方が私の姿を見えるって言った時、運命だと思ったんです」
「……その前の彼氏ってさ、𓏸𓏸?」
「え?!そうですけど、なんで」
「それ、僕のお兄ちゃん。数ヶ月前に事故にあって今は植物人間」
「……そんな…………」
「お兄ちゃん、君のことめっちゃ大事にしてた。家でもずっと自慢してたよ。お兄ちゃんが目覚めるまで、もうちょっといてあげて」
「……ごめんなさい。私タイムリミットなんです。彷徨い続けてもう3年も経ってしまった」
「お兄ちゃんに合わせに行くから、もうちょっとだけ、」
「でも!最後に貴方に会えて良かったです。お兄ちゃんが目覚めたら、よろしくお伝えください。まだこっちには来ないでって、言っといてください」
「待って!」
タイムリミット。最初から決まっていたらしい。もう少し早く出会えていたら、お兄ちゃんの未来も変わっていたかもしれない。
何もいない夜の下で独り僕は佇んだ。
『最初から決まってた』
8/7/2024, 10:37:27 AM