ウツギ

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 物心ついたときには、吃音症だった。

 自覚した際は、「は、は、はい」程度の軽い連発で、特に気に留めることなく生活していた。
 けれど、周囲から話し方を指摘され、「貴方はおかしい」と面と向かって言われて、私は話すことが怖くなった。

 それから揶揄われること数十回。
 私の症状は、軽度の連発から重度の難発へと移り変わった。
 個人差はあるだろうが、完全に声が出なくなってしまったのだ。

 今までで一番酷かったのは中学生の時だ。
 まず、新しいクラスで自己紹介の言葉が声にならなくて、同級生が一分たらずで言えることに三分かかった。
 次にクラスで作文を読み上げる際、声が空気にしかならなかった。音読の際も同様に、当てられても言葉が出ないせいで長い沈黙が教室に落ちるのだ。
 だからいつだって順番を飛ばされた。

「〇〇さんは無理よね?」

 できる、なんて言えない。
 ただ、チャレンジさせて欲しかった。
 でも、「やらせて下さい」なんて言葉は声にならなかった。

 人に何かをやって貰ったとき、「ありがとう」が言えない。
 喜びの感情を伝えるとき、「嬉しいです」が言えない。

 人に、自分の声で自分の意思を伝えたいと思うのに、人前に立つとまるで声を失ったように口から空気が漏れるだけ。
 伝えたいことだけが脳を渦巻いて、それが自分を蝕むのがよく分かった。


 伝えたい。
 誰でも良いから、私の考えを、声を聞いてほしい。

 そして三年の月日が流れ、やがて私は書くことを覚えた。
 文字を介して人に物事を伝える方法を学んだ。

「読んでくれてありがとう」

 だって、文面ならちゃんと言えるから。


 声の代わりに、伝えたいことを、伝えるために。
 今日も変わらず、私は文字を操り続ける。

2/12/2024, 7:09:26 PM