藁と自戒

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やりたいことを、やりたいようにやってきた。酒、煙管、女遊び、この世の、道楽という道楽を渡り歩き、実家からは自然と、疎遠になって、実兄からは白い目で見られ、大根の桂剥きみたいな薄い繋がりの、遊び仲間だけが増えた。ある日、そんな道楽の表通りを、闊歩していた私に、吃驚するようなことが起こった。それは、突然眼前に迫り、肉体を破壊して去っていった。それは、物を乗せ、人を乗せ、遠くに遠くに運ぶ物。それは、鉄の塊。運転手は酩酊であった。はたまた、私も、酩酊であった。酔っ払い同士がぶつかったんなら、なんてこったあない。ああ、すんませんねと一礼し、裾を払い立ち上がるだけだ。はたまた、どこ見て歩いてんだてめえと、掴みかかるのもいいでしょう。しかし困ったことにね、人と、人がぶつかったわけじゃあ、無えんですよ。私は生身、あちらは車、そりゃあもう空中を何回転もしましてね、ああ、こりゃもうだめだと思ったわけです。しかしながらね、なんとか一命を取り留めまして、そうです、あのパビナールっちゅう、薬のおかげでね、尋常でない、痛みを耐えて、どうにか病床から立ち戻りましたよ。でも、です。あれが、あれがないと身体が震えて仕方がないんだ。あれがないと私はどうしようも、どうしようもない存在になっちまう。私はね、パビナールをあるスジから、ひたすらに、ひたすらに買い続けましてね。ええ、どうかしていましたよ。なんてことがありました。金は尽き、実家からも見放され、薬の救いも得られなくなった私は、どうしようもなかった。右も左も見えやしない。辺りが暗くて仕方がない。そうだ、死んでしまおう、もう、やりたいことを、やりたいように、やってきたじゃないか、思い残すこたあ無いだろう、そうだ、死んでしまおう、死んでしまおうと、そう思った。だが、どうしても、どうしても、死ねなかった。物乞いになり、雨を浴び、汚泥を啜っても、生き続け、死んでは、死んではなるものかと、歩みを続けた。右も、左も見えやしないが、確かに、前はあると、今私が向いている方向が前なんだと、そう思って歩みを進めた。無我夢中に生き続けた。ありとあらゆることをした。争い事も、人助けも、善行も、悪行も、同じだけした。ほんっとうに、あらゆることをしたのさ。けれども最後までやりたいことってのは見つからなかった。あのとき思った、死のうが最後。やりたいことは見つからないが、ただなんとなく生きている。適当になにかをやって生きている。これこそが、私のやりたかったことなのだろうか。
#やりたいこと

6/10/2023, 11:58:39 AM