「小さな命、どこいった?」
その女の子はいきなり私にこう問いかけた。
「小さな、命……?」
公園にて全身黒ずくめのその子を見つけたのは、ほんのひと月前。鋭いケモノのような視線を感じ、振り返ればその子が立っていた。この寒い中薄いコート一枚のその子は酷く痩せており、顔色も良くなく、髪にツヤも無かった。虐待の家庭かもしれない。そう思った私はそれから毎日その公園に通い、その子にコンビニ弁当や暖かいマフラーを与え続けた。
最初、何を話しかけてもまったくの無口だったその子は、顔色がマシになっていくにつれ少しずつ言葉を発するようになった。
その子の語彙力は正直人並み以下ではあるものの、言葉の大半は理解出来る。しかし、なんだろう……。妙な違和感があるのだ。
先日2人での会話を終わらせ帰ろうとした時、私はその子に「じゃあね、明日は京都に行くから会えないけど…また今度」と手を振った。そうするとその子は明らかに変なことを口走った。
「明日8時に京都には行かない方がいいよ」
真意も聞けぬままその子は去っていき、その翌日、私は見事に寝坊した。あ〜あ、新幹線、乗り損ねるの確定…。しかし、今では心底乗り損ねて良かったと思う。8時に京都へ向かうはずだったその新幹線が、事故を起こしたのだ。あの子はこの事を知っていたのだろうか。私が8時に京都へ向かうことも知っていたのか?
またある時は、いきなり袖を引っ張られ「怖い人がいるから今日はお家に帰らない方がいい」と言われた。「まさか〜、大丈夫だよ」と苦笑いしてはぐらかしつつも、そんな事を言われるとやっぱり不安になり、その日は家とは真反対の方向にあるネットカフェに泊まった。次の日ニュースキャスターは、私の家の近所にてナイフを所持した不審者が死傷者を出し捕まったと報じた。あの子は不審者のウワサでも知っていたのだろうか。謎は消えないままだ。
そして今日、その子に何となく感じていた違和感は確信に変わった。
私が誰にも言ってないこと。言えなかったこと。どうして、あなたが、それを知っている?
女の子はゆっくりと、言葉をぶつけるように問う。
「お姉ちゃんのおなかの、小さな命、どこいった?」
寒気がする。今、私の顔はひきつり、目には恐怖が滲んでいるだろう。
説明出来るだろうか。それはそもそも命なんかでは無いのだなんて。それは小さな生き物ではなく、小さな生き物"のような何か"だなんて。
こんな小さな子に奇形嚢腫なんて言ったって、わかんないだろうなぁ……。それか、ピノコと言えばわかるだろうか。それにしてもこの子の目には、一体何が見えているのだろうか。この子の目は常に一貫して、据わった様子で"何か"を見ている。この子とはそれなりに会話をしているはずなのに、私はこの子のことを何一つ理解出来ていない。何も。何も。
それよりかこの状況、どう切り開こう。私は頭を抱えた。
2/24/2024, 12:34:17 PM