微熱
「うわー…もうすっかり夜やね。」
校門を過ぎると横で伊達さんがくふくふと笑う声が聞こえてくる。時刻はまだ6時を過ぎていなかったものの、すっかり夜と言っても過言では無いくらいに真っ暗になっている頃だろう。
今年は秋が無いと言われるほど暑い日が続く年だったが、十一月下旬になるとだいぶ寒くなってくる。私ははぁっと白い息を出して手をこすった。指先がかじかんで痛みが主張してくる。
伊達さんもマスク越しに白い息を吐いているのかもしれない。手袋のこする音が耳をくすぐった。
「この手袋、もうしなってる。もう替え時かもしれへん。これ、結構気に入ってたんやけどなぁ……」
私は伊達さんの顔を見たことがない。彼女は年中いつでもマスクをしており、クラスの皆も彼女の顔はあまり見たことがないという。
「どんな手袋?」
「百均の安物やで。せやけど黒色の猫ちゃん描かれてあってなー。ばりかわええんよ。つけてみるー?あんまやけど寒さ対策にちょいなるかもしれへんし。」
そう言うと彼女は私の手に手袋をつけてくれた。指先の辺りは防げていないのか冷たい風が貫通して通り、冷たさで痛く感じる。
「指先が痛い。」
「やっぱそうよなぁ〜……こういうのって指先がいっちゃん防がれへんのよねー……あ、そや。」
「何をしよう、と、」
突如左手の手袋の中に少し温かく、冷たい物体を押し込まれる。もぞもぞと動いててくすぐったい。やがてそれは指先と絡まり、手を包みこんだ。
その時、ようやくそれが伊達さんの手だと理解できた。手袋が再び外されたのか左手だけが冷たい風にさらされる。しかし、その冷たさも、あっという間にまたすぐ消えてしまった。
「どう?こうやったら温かいやろ?」
どうやら彼女のジャケットのポケットに手を入れられているらしい。温かいが、周りの人からはどのように見えるのだろうか。そう考えたら若干背中辺りがむず痒くなり、顔が熱くなってくる。
私は彼女の事が好きだ。しかし、女性を好きになることはこの世界ではまだ普通とは言えないらしい。
ただそれでもいい。元から普通の扱いなんてされなかったんだから。
ただ、この感情だけは知られたくない。それは恋心故の不安なのか、それとも拒絶される恐れなのかは私にもわからない。
たった唯一私を理解してくれた人を失いたくなかったのかもしれない。
私が戸惑っていると彼女は慌ててお互い繋がれたままの手をポケットから出すとあっという間に離してしまった。
「ごめんな急に。手袋貸したからばり寒いんよ……あたしもアンタの左手借りたくってな、ええかな?」
申し訳無さの中に笑みを含んだような声で楽しそうに話す彼女。
冷たい風にさらされて彼女の手はそこまで温かいとは言えない。
それでも、私は満たされていた。代わりなんてものではない。得ばかりしている。
こんなの、公平なんかじゃない。
寒いはずのに身体が、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じる。
誤魔化すように今度は私から左手を握り、ジャケットのポケットに入れてやる。すると伊達さんも同じく握り返してくれ、お互いの手をポケットの中で包み込むようにしていた。
この熱はきっと、どの熱さよりも素晴らしいものだろう。
他の人はどうかは分からない。だが、私にはそう思える。人一倍声の熱さにも、微かな微熱にすら敏感な私からしたら。
私は白状を右手に二人でゆっくりと最寄り駅まで歩いていった。
11/26/2024, 12:36:56 PM