猫宮さと

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《相合傘》
それは、通り道にある喫茶店でお茶を飲んでいた時の事だった。
バラバラバラバラ…外から屋根を叩きつけるような音が始まった。
雨が降ってきたみたい。どうりで今朝から空気がずっしりと重かったわけだ。
念の為に傘を持ってきておいてよかったな。そっとミルクティーを口にしながら考えていると、店の入口近くから声がした。
「雨ふってきちゃった。」
「どうしよう、ママ待ってるのに。」
男の子と女の子がガラスの向こうの雨を見ながら途方に暮れていた。
その手にはこのお店の袋が下げられている。ここはテイクアウトの商品もある。おそらくパンが入っているのだろう。
私もつられて空を見る。どっしりとした雨雲が空全体をまんべんなく覆っている。しばらくは止まないだろうな。

よし。

「ねえ君達。よかったらこの傘使って。」
そう言って、私は彼らに自分の傘を差し出した。
だって、ねえ。
お店に子供は彼らだけ。このまま雨が止まなければこの子達は動けなくて不安も増すばかりでしょう?
急な雨でお母さんも心配してるだろうし。

「いいの?」
男の子が目を輝かせて聞く。すぐに帰れるかもと嬉しそうだ。可愛いなぁ。
「もちろん、いいよ。」
答えて傘を差し出そうとすると、
「でも、おねえちゃんはどうするの?だいじょうぶ?」
女の子が私の手元の傘を見て聞いてきた。気付いて心配してくれてる。優しい子だなぁ。
「うん。ここの紅茶がとっても美味しいからお姉ちゃんもっと飲んでいたいんだよね。だからもうしばらくお店にいようかなって。」
二人の頭を撫でながら傘を手渡すと、女の子がそっと受け取った。
「ありがとう、おねえちゃん。」
はにかみながらお礼をしてくれた。すると男の子も、
「ありがとう!」
元気なお礼。二人ともぎゅうぎゅうに抱きしめたいくらい可愛い。
「どういたしまして。水たまりに気を付けて帰るんだよ。」
ドア口で手を振り見送れば、
「うん!おねえちゃんまたね!」
「またねー!」
小さな手のひらがぶんぶんと大きく振り返される。
そして、二人の身体はすっぽりと大人用の傘に収まってトコトコと仲良く路地を歩いていった。

「ふあぁ。可愛い相合傘だなぁ。」
うっとりしながら店に戻る。店主に席を離れたお詫びを入れて、椅子に座る。
ミルクティーは、残り半分。
さて、飲み終わるまでに降り止めばいいけど。
止まなかったら走って帰ればいいかな、とミルクティーを飲みながらぼんやり窓を眺めていると、窓の外、大きな傘を差して歩いてきた彼とバッチリ目が合った。

あ。

胸がとん、と跳ねた。
そしてドアベルが鳴る。
入店する、閉じられた大きな傘と、大好きな笑顔。
そうだ、さっきの可愛い二人の話をしよう。
雨の中でも明るく見えた、元気で愛らしい相合傘の話を。

6/19/2024, 12:16:58 PM