撫子

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 扉を開けた先に、天使を見た。

 ストロボを受けたかのように白一色に眩んだ視界が、緩慢に輪廓を取り戻していく。
「どうしたの? 大丈夫?」
 それは良く知る友人の声で、天使のように思われたのは、ウェディングドレスに身を包んだ彼女だったことに遅れて思い至った。
 花嫁のための控室は、バニラアイスやホイップクリームよりも真っ白で、朝日よりも眩しい。
「そのワンピース、似合ってる」
「……嫌ね、花嫁さんに先に褒められるなんて」
 ふふ、と控えめに笑う友人の薄いくちびるが、テラリと光を乗せて煌めいた。そのさまは、ケーキの上に飾られたフルーツを覆うゼラチンを思わせる。
 友人のドレスは、ヴェールと同素材のフレンチスリーブが華奢な二の腕を強調する、クラシカルなデザインで、それは彼女にとても似合っていた。
「あまり、腕を出したくなかったのに」
 沈黙を持て余したような空々しい呟きが、カーテンの白と光沢に弾かれて、乱反射して消えていく。落ち着かない様子で腕を擦る手までが、レースの手袋に覆われてうっすら白かった。
「もうすぐ彼が来るわよね。私も、そろそろ会場に行くから」
 これ以上ここに留まったら、私の中の何かが漂白されてしまう。
「あ、待って。ねえ、わたし、ちゃんと綺麗かな……?」
 なにを今更、と出かかった言葉を飲み込んだ。不安そうに揺れる瞳は、このあと彼の姿を認めて、はにかみながらほどけるだろうに。
「当たり前でしょう。綺麗すぎてびっくりしたもの。ほんとうに、天使みたいよ」
「……ありがとう。でもちょっと大袈裟」

 ほんとうよ。ほんとうに、あなたはどの瞬間も天使みたいだった。ドレスなんか無くたって、嘘みたいに綺麗だったんだから。

 あとでね、と微笑んで退出する。
 小さく頷きながら、やはり戸惑ったように腕を抑える彼女の指の震えをとめてあげるのは、もう私の役目ではない。
 廊下を歩きながら、おめでとうを言いそびれたことに気付いて、笑い出しそうになってしまった。
 おめでとう、と花束を渡すような軽やかな気持ちで言えたら良かった。

 行こう、新婦の友人のための場所へ。
 そして、晴れやかな笑顔で、新郎とともに歩む彼女を、心から祝福しよう。

 あのね、私には、こんなパーティードレス、似合っていないと正直に言ってくれて良かったのよ。

(半袖)

5/29/2023, 3:36:41 AM