#行かないでと,願ったのに
駅のホームに冷たい風が吹き抜ける。冬の朝、まだ陽も昇りきらない時間。私は彼の背中を見つめていた。
「行かないで」と、心の中で何度も叫んだ。けれど、声にはならなかった。
彼は振り返らなかった。改札を抜け、電車に乗るために足早に歩いていく。スーツケースの車輪がコンクリートを擦る音だけが、私の耳に残った。
昨日の夜、彼は言った。
「東京でやり直したいんだ。ここにいたら、きっと後悔するから」
私は笑って、「応援してるよ」と言った。強がりだった。本当は、ずっとここにいてほしかった。私のそばに。
でも、彼の目はもう未来を見ていた。私ではない、別の場所を。
電車のドアが閉まる音がして、私はようやく一歩踏み出した。ホームの端まで駆け寄って、ガラス越しに彼を探す。
いた。窓際の席に座る彼。目を閉じて、何かを考えているようだった。
私は手を振った。彼は気づかない。
「行かないで」と、もう一度心の中で願った。
でも、電車は動き出した。
願いは、届かなかった。
11/3/2025, 3:33:23 PM