薄荷

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「心の灯火」


中学3年生の頃。
担任のM先生は、学活や授業が予定より早く終わった時などを利用して、灰谷健次郎さんの「兎の眼」を1年かけて朗読してくれた。
中3で高校受験を控えているのだから、本当なら隙間時間も勉強しなさい、と言いそうなものだけど、読み聞かせをしてくれていたのだった。
どういう意図があったのかは分からないけど、その時間は苦痛ではなかったし、楽しかったし、何より先生の声は心地よかった。
後から思えば、受験勉強で荒んだ心を安定するとか、集中力を高めるとか、そういう効果はあったのかもしれない。


20歳の時、児童文学の講演会があって参加することになった。M先生とは卒業以来会う事はなかったけど、もしかしたら先生も来ているかも...と思っていたら、その期待は当たり、講演会の後にお会いする事ができた。
先生は私を見てにっこりと笑い、こう言った。


「あなたなら来ると思っていましたよ」


中3のあの時間は、未来への道しるべだったんだろう。

10代の頃は怖いもの知らずだった。でも段々とそういうのが通用しないと分かり始めた途端、周りが暗くなってよく見えなくて途方に暮れていたけど、先生の言葉は目の前に広がる道を明るく照らしてくれた。


変わり続ける世界の中で、変わらないものがある。
それに気がついた時、昨日よりはマシに生きる事ができるような気がした。



9/2/2024, 4:13:07 PM