普段から自分のものではない大量の札束を目にする機会があり、もはやコピー用紙と同じような感覚で触れている。これらはただの、ちょっと特殊な絵柄が入った色紙であり、破れるし、燃えるし、山羊も読まずに食べるかもしれない。それがどうだろう、世に出て人の手に渡れば、色々なものと交換できるのだから不思議なものだ。それを使う全員が、同様の価値を信じていなければ成り立たない。しかも、実物以上の価値を。この共通認識には、時折改めて新鮮に驚かされる。
さて、先立つものと言えばまずお金だけれども、これまでに得たもの、例えば幸いな記憶、向けられた愛情、心震わす経験や身を助ける知識なんかを、お金に換えるから差し出せと言われたら、わたしは手放せるだろうか。
愛か金かと聞かれたら、あまり迷いなく金だと言ってしまう。そのとき考えているのはこれから得るもののことで、わたしを取り囲む愛する人々を「金の柱に変えましょう」と言われたら、きっとわたしはフェアリーゴッドマザーの杖をへし折って、中指を立てるに違いない。
そこに答えはあるのだろう。
それでも、財布が空なら明日のパンも買えないし、王子様と金塊だったら、やっぱりわたしは金塊を選んでしまうかもしれない。親戚付き合いとかしんどそうだし。
「お金より大事なもの」
3/8/2026, 1:35:02 PM