お題『手を取り合って』
パカラ……パカラ……。
書庫にまで響いてきた蹄の音に、馬車が屋敷の前に停まったらしいことを知る。出かけていた主様のお出迎えに行こうと思い、椅子の背に掛けておいた燕尾服に手を伸ばして、そういえば休みを申しつけられていたのだと思い出した。
俺が行くのは不自然かな……でも俺はつい今朝まで主様の担当執事だった。その俺が顔を出したところで別に何も不都合はないだろう。
そう思ってもう一度燕尾服に袖を通してエントランスに向かった。
それはやはり主様の馬車だった。アモンに手を取られて下車する主様の姿に胸の奥がズクリと疼く。
「お帰りなさいませ、主様」
気を取り直して恭しく頭を下げると、主様はなぜかアモンの背後に隠れてしまった。
「フェネスにはお休みしてって言ったじゃない! なのになんでここにいるの!?」
アモン越しに怒っている主様を見て、俺は咄嗟に奥歯を噛み締めた。いけない、泣いては。涙で主様の興味を一時的にでも引こうなんて、それじゃあ俺はますます卑怯者になってしまう。
「主様、その言い方じゃフェネスさんが可哀想っすよ」
「でも……」
「それに、そろそろお茶の時間っす。コンサバトリーにご案内するっすよ。オレのオススメがちょうど見頃なんで」
主様はまだ何か言いたげだったけれど「まぁいい」と言って、またアモンの手に手を重ねた。
主様をリードするのは俺だけだと思っていたのに。
主様がアモンとコンサバトリーに向かうのを見届けると、俺はその場に蹲った。
7/14/2023, 1:19:53 PM