「ぐぬぬ……」
俺はしがない無名の作家だ。
そんなに人気でもない雑誌の片隅で、掲載させてもらっている。
当然これだけで食っていけるはずもなく、夜にはバイトを詰め込んで、寝不足でフラフラのまま筆を執る生活を、もう何年も続けている。
さて、そんな俺だが、最近ようやく、少しずつ軌道に乗ってきたのだ。
じわじわと固定のファンが増え、僅かながらにファンレターが届くようになった。
そこで、少し長めの作品を掲載をしてみないか、と声をかけられたのだ。
だが、短編作家が中編を書くのは中々に難しい。
オチは思い付く。書き出しもなんとかなる。ただ、そこを繋ぐ間が、全く書けない。
初回は安定を狙おうと、王道の恋愛モノにしたのは間違いだったかもしれない。俺は生まれてこの方、恋人なんてできたこともない。
「……恋って何だよ……」
哲学的な問いを口にしてみても、現状は何も変わらない。相変わらず繋ぎは白紙のまま、中途半端な恋模様が画面上を漂っている。
今日はもう無理かと諦めて、キーボードから手を離した。息抜きに糖分でも摂ろうかと思い立って冷蔵庫を覗くも、何もない。
そういえば、散歩は閃きの元だと誰かが言っていた気もする。散歩がてら、コンビニにでも行こうと適当に上着を羽織った。
もう雪はすっかり溶け切っていて、梅の蕾が綻んでいた。まだふっくらしている野良猫が、同じく丸々とした雀を追い回すのを横目に、煌々と明かりの灯るコンビニに足を踏み入れた。
気の抜けた店員の声に頭を上げ、固まる。
顔面国宝、そんな言葉が頭を駆け抜ける。男でも見惚れるような、気怠さを孕んだ、いかにも夜が似合いそうな男だった。
俺は本来の目的も忘れて意味もなく店内を歩き周り、ぼんやりしたままコンビニスイーツを買って帰路についた。
恋愛モノのヒーロー役のモチーフが彼になったのは、言うまでもない。
あの時の感情を好き勝手書き殴って、俺はもはやヒロイン気取りまであった。
仕方がない。だって、不覚にも男相手に胸が高鳴ったのだ。作家として、これをネタにしない手筈はない。
その日の原稿は、いつもより少しだけ人気を博したらしい。
テーマ:胸が高鳴る
3/20/2026, 8:36:49 AM