ある男が捕まった。
山の中、とある少年を一人攫って画していたらしい。
保護された少年に目立った外傷は無く、ただひたすら、警察関係者を押し退けて男の元へ寄ろうとしていた。
世間は洗脳された少年を酷く哀れみ、男に対するヘイトはみるみる高まっていく。
やがて男は、勾留中に自らその命を絶った。
それを知った世間は、ある者は掌を返して男を哀れみ、またある者は罪を償わずして死んだ男を罵った。
ただ、攫われた被害者の少年だけが、酷く絶望したように、親の死を信じられない子のように泣いていた。
男は、死ぬ直前、少年へあてたものだと思われる手紙を遺している。
内容は、取り留めもないような雑談から始まって、何度も何度も謝罪の言葉が繰り返されていた。
本物の父親になれないこと、少年をまた一人にしてしまうこと、少年の両親から、彼を救うことができなかったこと。
角張った、少し乱れた字で、ただひたすらに謝罪の意が連ねられていた。
世間がこの手紙を知ると、男の手紙の意図を皆して考察し始めた。
攫われた少年も、自らの手で命を絶った誘拐犯も、顔も名前も無い世間にとっては玩具も同然。
一過性の、新しい刺激を与える話題でしかない。
それからまた数日後、今度は少年が、かつて男に攫われ、軟禁されていた山の中で自死したことが報じられた。
彼の遺体のすぐそばには、あの手紙への返信のような、それでいてどこかずれた中身が並べられていた。
あの日自分を連れて行ってくれて嬉しかったこと、毎日温かい食事が出てきて驚いたこと、頭を撫でる手のひらの感触が新鮮だったこと。
世間が予想した男の犯行と、随分食い違う手紙だった。
瞬く間に話題を呼んだこの一連の事件は、しばらくすればもっと新鮮で刺激的なニュースにすり替わり、世間はその関心を失っていく。
それからまた数週間後、あの事件の終末が、新聞の片隅でひっそり迎えられる。
男は誘拐犯であると同時に、酷い虐待家庭から少年を救い出した者であり、歪な愛情を求めた者でもあった。
少年は被害者であると同時に、異常な程の盲信を孕んだ歪んだ思想の持ち主であり、男の歪んだ求愛欲求を完璧に満たす者だった。
男が少年に宛ててしたためたあの手紙はきっと、救世主になりきれなかったことへの懺悔だった。
少年が男に宛てて遺した手紙はきっと、自分の信じる神に対する、最上級の愛の言葉だった。
世間が関心を失った、白黒の文字の世界の中で、神になりきれなかった男と、歪な神を信じた少年の物語は、密かに幕を下ろした。
テーマ:神様へ
4/15/2026, 8:54:47 AM