たやは

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記憶

遠い昔。わしがまだ人間であったころ、川の近くに住んでいた。
小さな家だがみんなで肩を寄せ合い、楽しく生活していたことを思い出す。
あれから何百年経ったのだろう。もう記憶も曖昧だ。
長い時間が過ぎたのにわしはまだこの土地にいる。土地に縛られているのか、ここから離れることができない。

おや?
誰かやってきた。人間だろうか。

「雨が酷いな。ちょうどいい小屋があって良かったな。」

「本当に。今日はここで雨宿りしよう」

人間たちがわしの住む小屋で夜を明かすようだ。久しぶりに人の声を聞く。あー。懐かしい。わしも誰かと話しがしたい。

『ゔぉ〜。ゔ、ゔ。』

「おい。何か言ったか?」

「いや。」

上手く声がでない。長いこと声など出したことはない。仕方がないこと。
さて、もう一度。

『おーゔぉ。に、にんゔぉ、』

「やっぱり変な声が聞こえる。なんかいるのか。」

「ああ。聞こえた。俺にも聞こえた。ヤバいぞ、出よう。ここは無理だ。」

「そ、そうだな。出よう。」

待て、待て。
わしは何もせんよ。話しがしたいだけ。雨も酷くなるし行かんほうがいい。
あー。行ってしもうた。
ここいら辺は、雨が降ると鉄砲水が出るから危険だと伝えたかったのに残念じゃ。

それから数日後、また人間がやってきた。
今度は子供のような可愛らしい子だったが、どうやら、わしが見えるようだ。
面倒なことにならんといいがな。

子供のような少女は、わしが居る小屋に入ると顔をしかめた。
そして、わしの前まで歩いてきて胸の十字架を握り締めながら話し始めた。

「あなたはどうして、あちらの世界に行かないのですか。いつまでもここにいても、皆さんの迷惑になります。」

迷惑か。
なるほどなぁ。ならばお前さんがわしの変わりに請け負ってくれないか。ここは、鉄砲水で無くなった人間の魂が溜まる場所。
みんな亡くなったことに気づかず彷徨っておる。

「え!?」

お前さんほどの力があれば大したことはなかろうに。ここにおるのは、数百人程度。
わしが抱えるには大き過ぎる魂の数でなぁ。困っておった。
よろしく頼む。

「え!イヤよ。なんで…戻って。」

ああ。これでやっとここから離れられる。
わしの記憶も無くなり無となろう。
やっとだ。本当にやっとだ。

ゆっくりと眠ることにしよう。

3/25/2025, 9:00:15 PM