初音くろ

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今日のテーマ
《あの頃の不安だった私へ》




5月24日
 あの子とケンカした
 ほんとはちっともそんなことおもってないのに
 大きらいっていってしまった
 あの子もわたしのこと大きらいっていってた
 わたしのいったのはウソだけど
 あの子はほんとに
 わたしをきらいになっちゃったかもしれない
 あしたごめんなさいして
 それでもゆるしてくれなかったらどうしよう
 あの子ともうあそべなくなっちゃうのかな
 そんなのやだよ
 あしたいっぱいいっぱい
 ごめんなさいってあやまろう


部屋の片づけをしていたら古い日記帳が出てきた。
懐かしくてパラパラめくっていくと、そのページで手が止まった。
そこだけ僅かに波打っているからだ。
胸いっぱいに広がる後悔に苛まれ、泣きながら書いていた幼いあの日が蘇る。


5月25日
 きょうはあの子が学校にこなかった
 わたしのせいでお休みしたのかな
 がっこうのプリントをとどけにいったら
 かぜひいちゃったのっておばさんがいってた
 ほんとかな
 ほんとはわたしにあいたくなくて
 だから休んだんじゃないのかな
 ごめんなさいってつたえてくださいって
 おばさんにおねがいしてきた
 あしたはげんきになって
 学校にきてくれますように


そうだった。
翌日も仲直りできなくて、やっぱり泣きながら書いたんだった。
ずいぶん昔の話なのに、昨日のことのように思い出せる。
些細な喧嘩は数えきれないほどしてきたけれど、生まれて初めての大きな喧嘩だっただけによほど強く記憶に残ってしまっていたらしい。

「何見てるの?」
「子供の頃の日記。懐かしくて、つい……」
「読んでたらいつまでたっても片づかないんじゃないか?」
「そうなんだけど……ほら、見て」

呆れた様子の彼に、そのページを開いたまま渡す。
しょうがないなと言いたげな顔で日記帳を受け取った彼は、どれどれ……と言いながら拙い字で書かれたそれを読み始めた。

「ああ、そういえばあったな、こんなこと」
「覚えてる?」
「覚えてるよ。熱が3日も下がらなくてな。謝らなきゃ、ごめんねってずっと言いながら魘されてたって、未だに母さんにからかわれるし」
「そうだったんだ?」
「ひどく傷つけて泣かせたって、子供なりに後悔してたんだよ。熱でつらくて苦しくて、このまま死んだらどうしよう、仲直りできないままなのは嫌だ、ってさ」

思い出を辿るように遠い目をして彼が言う。
そんな話は初耳で、私は驚いて彼の横顔を凝視した。
斯く言う私も、当時は喧嘩の後ずっと学校を休んでた彼が心配で、このまま仲直りできなかったらと不安で、毎日落ち込んで泣いてばかりいた。
元気になって登校してきたのを見た時には、その場で泣きじゃくりながら謝ったっけ。

あの頃の不安だった私に教えてあげたい。
ちゃんと仲直りできるよって。
そして紆余曲折を経て、十数年後には恋人になって、それから――

「結婚しても、ちゃんと仲直りできる夫婦になろうね」
「その前に、なるべく喧嘩しないようにしなきゃな」
「それは無理。今までだって何十回も喧嘩してきたし、きっとこれからも変わらないでしょ」
「それもそうか」
「でも、なるべく長引かせないで仲直りするようにしようね」
「そうだな。あんま泣かせたくないし、努力する」
「私も、あんまり意地張らないよう努力します」

笑い合いながら日記を閉じて、段ボール箱にしまっていく。
この部屋で過ごすのもあと僅か。
来月、私は彼のお嫁さんになる。
物心つくかつかないかの頃に約束したそのままに。





5/24/2023, 2:14:58 PM