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怖がり


ある日、一人の女性が誘拐された。犯人は複数人いるらしく、必死の抵抗も無駄に終わった。
女性は見知らぬ倉庫で目を覚ます。舐めまわすような視線にニタニタと笑う表情、あびせられる言葉は侮辱的で、女性は涙を流した。
震える声で家に帰りたい、とこぼすも犯人たちは笑うだけだった。
怖がる女性に一人の男が近づく。うなだれる女性の頬を掴み、無理やり顔を上げさせた。
涙で潤む瞳に、苦しそうな呼吸音、どちらも男を興奮させるようなものだった。自分が優位になった気がした男はニヤリと笑い、女性に近づこうと顔を寄せた。そのときだった。
男は腹のあたりに違和感をおぼえ、ゆっくりと視線を下げる。そこには小柄なナイフがしっかりと刺さっており、赤黒い血がにじんでいた。
うわぁ、と情けない声が倉庫に響き、男は後ずさる。女性は苦しげに涙を流したまま、男に近づき、そのナイフを引き抜いた。そして、何かを耐えるように目をつむって、男の体に突き刺した。何度も何度も。淡い色したワンピースもいつの間にか血だらけで、女性は突き刺したナイフを引き抜いて、ゆっくり立ち上がる。
女性を連れ去った男たちは目の前の光景に思わず動けないまま、中腰で立っていた。
ゆらり、ゆらりとおぼつかない足取りで女性は男たちに近づく。恐怖でうまく動けない男たちは女性が泣きながら、自身の体にナイフが突き刺さるのを見ていることしかできなかった。
最後の一人が途切れ途切れにこう言った。
「こ、んなことが、でき、るのに、な、ぜあんな、にこわ、がっ、てい、た?」
頬にあびた返り血が涙に混じって、こぼれ落ちる。女性はもう泣いてはいなかった。ただ、悲しげな表情で答える。
「……こうなることを、恐れていたのよ」

3/16/2023, 2:11:06 PM